研究課題
水の様々な異常性の起源については、長年論争が続いてきた。その理由は、液体の水の構造に関する深い理解の欠如にあった。今回、水には、水の構造に関するシミュレーションと実際の水のX線散乱実験データの解析により、「液体の水には乱雑な構造と規則的な構造が共存している」という我々が提唱してきた二状態モデルに直接的な証拠を与え、水の構造、さらには水の特異性の構造的起源をめぐる長年の議論に決着をつけることに成功した(JACSに発表)。また、液体・液体転移の存在の有無を巡ってはこれまで長年議論になっていたが、液体・液体転移を支配する局所的な構造の変化とそれに伴う分子の運動性の変化の関係を直接捉えることで、転移の機構に迫るとともに、その存在を実証することに成功した(PNASに発表)。また、古典結晶核形成理論では説明できない、液体・液体転移伴う揺らぎの存在による結晶核形成頻度の異常増大を発見した。またこの現象が、液体・液体転移を支配する局所的な構造の秩序化が結晶と液体の界面張力を低下させ、それにより結晶の核形成頻度が増大するために起きることを明らかにした(PNASに発表)。さらに、理論面では、液体・液体相転移現象の流体力学理論を構築にも成功した(PNASに発表)。ガラス転移現象に関しては、温度低下とともに液体中に形成されるパッキング能の高い構造の度合いにより、さまざまなガラス形成物質のダイナミクスを統一的に記述することに成功した(Nature Commun.に発表)。また結晶化に関しては、コロイド(微粒子)系の結晶核形成頻度には、数値シミュレーションと実験の間に十桁にも及ぶ相違が見出されており、その有力な原因として、従来のシミュレーションに「溶媒の流れの効果が取り入れられていないため」という説があったが、その可能性を明確に否定することに成功した(Phys.Rev.Lett.に発表)。
1: 当初の計画以上に進展している
上記の水における二状態の存在の直接的な証明は、レントゲン(ノーベル物理学賞受賞)とポーリングとポープル(ノーベル化学賞受賞)を含む、水の構造に関する1世紀以上にわたる長年の議論に終止符を打つ可能性があるという点で、重要なものであると考えられる。また、結晶の核形成頻度を表す古典論があるが、この理論では他に相転移が存在する場合にどのような影響があるかは考慮されていなかった。上述の発見により、液体・液体転移に伴う臨界的な揺らぎによって、結晶化の核形成頻度が発散的に増大することが初めて示されるとともに、その局所安定構造の数密度が高い領域、すなわち液体2的な領域では、液体と結晶の界面張力が低下するために、結晶が生まれやすくなるという機構が明らかとなった。この成果は、系に内在する他の相転移現象を利用することで、古典的な結晶化理論を超えた結晶化挙動を実現する、この現象を利用して系に潜む隠れた相転移現象を探索するなど、結晶化の新たな可能性を切り開くものと期待される。また、ガラス転移点近傍の遅いダイナミクスの起源は、凝縮系物理学の長年の未解明問題であるが、我々の発見は、液体の構造的特徴は、従来の液体論で用いられてきた二粒子間の距離の情報(二体相関)では記述不可能な多粒子間の相関(多体的相関)を反映しており、過冷却液体の理解には、従来の液体に関する理論の枠を超え、多体相関を考慮することが重要であることを強く示唆している。この成果は、長年の謎であったガラス転移の起源の解明に大きなインパクトを与えるものと期待される。このように本年度得られた成果は、液体の基本的な性質にかかわる重要な発見であり、液体分野において大きなインパクトがある成果であるといえる。したがって、研究は計画以上に進展したと考えている。
水については、その動力学的異常を二状態モデルで説明できることを示すことに成功したが、同じく正四面体構造形成傾向を持つシリカの動的性質も同様のモデルで説明可能であると考えており、数値シミュレーションを用いこのシナリオの普遍性について検討を行いたい。また、我々の二秩序変数モデルは、水に第二臨界点が存在することを示唆するが、実際の水におけるその相図上の位置は不明である。我々は、第二臨界点の直上で、動力学的異常の最大化する線と熱力学的異常が最大化する線が交差すると理論的に予測しており、実際の水に対してその相図上での位置を決定することを目指す。さらに、イオンが水の構造ならびに動的性質に及ぼす影響についても検討する予定である。液体・液体転移については、我々の速度場の効果を取り入れた二秩序変数モデルに、さらに応力場を新たな粗視化変数として考慮した動的モデルを構築し、その理論解析・シミュレーションを行う予定である。とくに、流動により液体・液体転移が誘起される可能性について研究を行いたいと考えている。また、上述のように、我々は、ガラスの遅いダイナミクスの構造的起源として、局所的パッキング能が重要であることを見出した。これは、ガラスの普遍的な構造秩序変数である可能性を秘めている。この変数とダイナミクスの相関を研究することで、同変数をガラス転移の普遍的な秩序変数として確立することを目指す。結晶化に関しては、これまでバルク中での均一核形成について研究を行ってきたが、固体表面からの不均一核形成についても研究を行う予定である。また、金属合金の結晶しやすさ(ガラス形成能)、並びに、結晶成長速度を決めている物理因子に関しても研究を行う予定である。これらの研究を通して、液体にまつわる様々な未解明問題を多体相関という観点から統一的に記述できればと考えている。
*小林 美加, 田中 肇,超高速DSCを用いた液体・液体転移の研究,熱測定, 46(4), 175-181, 2019*田中 肇,舘野 道雄,コロイド・微粒子分散系のシミュレーション,オレオサイエンス, 第19巻第11号,455-460, 2019
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