研究課題/領域番号 |
18H03759
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
下山 勲 東京大学, 大学院情報理工学系研究科, 教授 (60154332)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | MEMSセンサ / 心筋細胞 / フィードバック制御 / 拍動力学 |
研究実績の概要 |
本研究では、心筋細胞外部の境界条件として、外部弾性率を時間変化も許して計測対象となる心筋細胞に与えながら、心筋細胞の力と長さの関係(Force-Length-Relation;FLR)を計測する。境界条件として弾性率を与える方法は、心筋細胞の力と変形量を計測しながら、外部弾性率に対応する力と変位になるようリアルタイムでフィードバック制御する。計測の結果として生理的条件下での心筋細胞の拍動をFLRダイアグラム上の軌跡として表現し、それが、外部弾性率=負荷の強さとどのような相関関係にあるかを正確に解析する。 これらの目的を果たすため、平成30年度は、心筋細胞のFLRを計測するための実験セットアップを構築した。数μm の間隔で近接させた2枚のプレートにまたがるように細胞接着領域が形成され、単一心筋細胞を接着させた。2枚のプレートの一方は、ピエゾアクチュエータに接続されたピエゾ抵抗型カンチレバーによって移動させることが可能な構造となっている。心筋細胞群に所定の初期変位を与え、拍動力の時間的変化を計測したところ、伸展刺激とともに拍動力が増大することが確認された。心筋細胞の拍動は温度変化に敏感であるため、計測環境を一定に保つ必要がある。このため、顕微鏡にインキュベータの機能を設け、37℃かつ炭酸ガス濃度5%の環境下で、顕微鏡観察しながら計測できる実験システムを構築した。実際の心臓は拍動の1周期内に、等積収縮および等圧収縮と見なせるプロセスがある。これを細胞レベルで模すため、上記の計測システム内でセンサ信号をアクチュエータへフィードバックし、心筋細胞に等尺収縮および等張収縮を行わせる信号処理アルゴリズムを開発した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
研究計画において平成30年度に実施予定だった項目は概ね実施することができた。これに加えて、翌年度に予定していたピエゾアクチュエータのフィードバック制御に関しても、実験セットアップを構築し、基本的な制御用プロトコルを開発した。 計画通りに実施した研究項目は、心筋細胞に初期変位を与えて、その拍動力の時間的変化を計測すること、および計測システムにインキュベータ機能を設けることである。前者については、拍動力の時間的変化を計測しただけでなく、変位を動的に変化させ、それに応じて拍動力が増大することを実験的に検証した。拍動力は変位の変化に対して即時的に変化し、力学的刺激に対する心筋細胞の応答がリアルタイムで起きていることがわかった。初期変位umに対して心筋細胞の拍動力は6~10uNであったが、変位を20umにまで引き伸ばすと拍動力は14~18uNにまで増大した。このように、力学的刺激と細胞応答との間の関係を定量的に調べることは、当初の計画にはない成果である。後者については、実験に用いていた光学顕微鏡に小型インキュベータを実装し、小型ボンベから流量を制御しながら炭酸ガスを供給できるようにした。また、このインキュベータにはヒーターが装備されており、37℃の等温環境下で長時間の力計測ができるようにした。 ピエゾアクチュエータのフィードバック制御は、翌31年度に行う計画だったが一部前倒しで実施することができた。センサ信号を計測し、その値に応じて心筋細胞に与えるべき力学的刺激を計算し、制御信号をアクチュエータへ入力するという、基本構成は完成した。また、この実験セットアップを用いて、心筋細胞に等尺収縮させることが、精度十分ではないながらもできるようになった。
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今後の研究の推進方策 |
引き続き、ピエゾアクチュエータのフィードバック制御を行うとともに、制御の精度向上と高速化を進める。例えば、心筋細胞を等尺収縮させた際、力と長さの関係をプロットすると、拍動の1周期で楕円形が描かれ、ヒステリシスが生じている。これは、拍動という動的な生体現象に対して、フィードバック制御の速度が足りないためと考えられる。しかし、信号処理速度やアクチュエータの応答性を考えると、フィードバック制御の高速化には限界がある。 そこで、フィードバック制御のプロトコルを改良することによって、高速化を実現する。具体的には、以下に述べる2通りの改良を具現化し、その効果を実験的に確認する。1つ目は、フィードバック制御を行う際に、ある瞬間のセンサ信号だけでなく、それ以前の履歴を用いる方法である。2つ目は、センサ信号からアクチュエータの制御信号を算出する関数を最適化することである。その際に、闇雲に最適化するのではなく、細胞が接着したプレートやセンサ部分やアクチュエータ、あるいは周囲の培地の材料力学的性質(ヤング率、断面2次モーメント、粘性など)を考慮する。 アクチュエータの高速フィードバック制御ができるようになったら、実際に心筋細胞の力計測に適用し、FLRダイアグラムを描く。また、心臓の拍動と同じダイアグラムとなるようなフィードバック制御を施し、心臓のフランク・スターリング則が細胞レベルで成り立つかどうかを検証するとともに、薬物刺激に対する心筋細胞の拍動特性の変化も調べる。
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