イオン結合性ZnS結晶を暗室下で圧縮試験すると、通常の光環境下の場合と比較して飛躍的に大きな塑性変形が起こる。イオン結合結晶はイオン間の静電的反発により、すべり系が限定されたりへき開するため、室温のような低温では塑性変形が困難とされてきた。したがって、暗室下での大塑性変形能は従来の理論では説明できない現象である。そこで本研究では、この現象の起源を明らかにするため、ZnSなどの各種無機化合物結晶おける転位を第一原理計算により解析し、とくに転位コア領域における特異な電子状態と原子配列を系統的に調べる。さらに検証実験も行い、「転位量子構造」の学理構築を目的とする。 本年度は、すでに実験的に暗室環境で大塑性変形を示すことがわかっているZnS結晶について、第一原理計算による転位電子状態解析を行った。バーガースベクトルと転位線方向の相対的な関係から、刃状転位やらせん転位などの異なる転位構造が得られる。また、ZnS結晶中の転位は、すべり面となる(111)面が極性を持つ。これらの転位構造および極性を考慮した異なる転位について計算を行った。その結果、転位コア原子の極性に依存して、転位コア近傍に局所電荷が存在することが判明した。このときのバンド構造から、結晶内に光で励起される電子もしくはホールが、転位コアに捕獲されうることがわかった。また、捕獲されたときの安定性は、転位が刃状成分が大きいほど安定であることがわかった。これらの結果は、ZnS結晶中に生成される転位と光の相互作用に関する電子論的メカニズムを示す結果であると考えられる。
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