研究課題/領域番号 |
18H03859
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
杉本 宜昭 東京大学, 大学院新領域創成科学研究科, 准教授 (00432518)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 走査プローブ顕微鏡 |
研究実績の概要 |
本研究では、2つの原子の間に生じる化学結合エネルギーを計測することができる原子間力顕微鏡(AFM)を用いて、化学結合論を検証することを目的とする。そのために、AFMの探針先端の原子と表面の原子との間の距離を変えながら、2原子間に生じる化学結合エネルギーを精密に計測する。様々な元素の原子対を用いることによって、化学結合に含まれるイオン性・金属性、また結合の方向性など、化学結合論の根幹をなす概念を検証し、それらの適用範囲を調べる。 今回、金属表面に吸着させた一酸化窒素分子にAFMの探針を接近させて、その間に働く力を計測した。針先端が金属の場合は化学結合が働いていると考えられ、表面の分子が探針へ移動するのが観察された。一方、探針先端に一酸化窒素分子が付着した状態で、表面の分子に探針を近づけると、引力が著しく抑制された。酸素原子を向かい合わせに、2つの一酸化窒素分子を近づけても化学結合力が働かないことがわかった。ファンデルワールス力など物理力が支配的であると考えられる。表面の一酸化窒素分子に探針から斥力をかけると、表面の分子が配向を変えることを発見し、単分子のスイッチ動作の研究へ発展させた。 また、様々な結合角を有するシリコンの化学結合を調べるため、シリセンをAFMによって研究した。シリセンを構成するハニカム状に配列したシリコン原子を全て可視化できた。Ag上に成長させたシリセンは基板に対する角度によって、様々な相をとることが知られているが、今回そのうちの1つの構造を同定することができた。AFMの探針をシリセンのシリコン原子に接近させて、力を計測したところ、どの原子上でも化学結合力が働くことがわかった。その強い引力により、シリセンを構成するシリコン原子は、探針の方向へ移動することが判明し、それによりAFMによる高分解能イメージングの機構が明らかとなった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
AFMによる2原子間に働く力の精密測定を様々な系で行い、順調にデータが蓄積できている。例えば、金属上の一酸化窒素分子に金属や分子を接近させた際の相互作用を調べ、一酸化窒素分子と金属の間には強い引力が働くものの、2つの分子間の引力は弱く物理力が働くことがわかった。一方、共有結合性の物質であるシリセンでは、以前のシリコン単結晶を用いた研究と同様に、化学結合力が観察されている。探針の接近により、シリセンのシリコン原子の結合角が変化し、最も大きなエネルギー利得が得られるように原子緩和が起こり、強い共有結合力が働くことが明らかとなった。
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今後の研究の推進方策 |
AFMによる力の計測データのさらなる理解のためには、探針先端の原子種の把握が重要である。低温環境では、原子分子操作によって探針先端に既知の原子分子を付着させて実験を行うことができる。一方、室温環境では、そのような探針の制御は難しい。そこで、探針先端の原子種をその場で同定する方法論を確立する。また、微弱な物理力を精密に計測するために、AFMによる力の計測技術を発展させる。具体的には探針の振動振幅を減少させて、短距離力の成分を効率的に検出する。
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