研究課題/領域番号 |
18H03878
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研究機関 | 東京工業大学 |
研究代表者 |
宗片 比呂夫 東京工業大学, 科学技術創成研究院, 教授 (60270922)
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研究分担者 |
西沢 望 東京工業大学, 科学技術創成研究院, 助教 (80511261)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | スピンフォトニクス / 光スピントロニクス / スピン発光ダイオード / 円偏光 |
研究実績の概要 |
2層酸化アモルファスバリア層を実装したspin-LED素子に関する実験結果と考察を、日米欧で開催の国際会議4件にて世界のフォトニクス研究者に発信するとともに、速報会議録の形で刊行した(Proc. of SPIE Vol. 11288 112880Q 1-6 (2020))。研究室においては、新たに加わった非常勤研究員、常勤教員、客員研究員、修士課程の大学院学生らとともに、2層酸化アモルファスバリア層を実装したspin-LED素子の断面透過顕微鏡による評価、アモルファスバリア層形成条件の探索、素子に注入されたキャリア輸送の理論解析、円偏光誘起効果に関する光学実験、無EL状態移行(素子劣化)と素子作製プロセスとの関連、などの課題を遂行した。透過顕微鏡観察により、スピン注入電極直下のアモルファスバリア層がほぼ消失し、電極以外の領域ではバリア層が均一に残存していることがわかった。フォトリソグラフ法による電極形成過程において、アモルファスバリア層がエッチングされる可能性が示唆される。分子線エピタキシー成長法を駆使した実験により、原子層レベルで平坦な酸化膜を得るには下地表面層の丁寧な処理が極めて重要であること、電子に対するトンネルバリア高さは1 eV以下程度であること、が示唆された。キャリア輸送の理論解析により、外部印加電界によって多量の正孔キャリアが誘起され得ることが示唆され、この過程を経由して素子内に再結合発光を伴わない電流パスが生じる可能性が高いことが実験により示された。円偏光・直線偏光同時照射による蛍光実験では、非線形現象を促すと期待される円偏光の強度不足が示唆された。幅40μmのストライプ電極上に低抵抗GaAsチップを接着する工夫を導入し、小回りの利く素子づくり法を開拓した。以上を要するに、令和1年度は、これまでの素子設計と実験結果解釈で想定してこなかった新知見の芽が出た。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本課題の基礎となる極薄トンネルバリア層の電圧電流耐性を向上するものとして、平成30年度にAl/AlAsを同時に酸化する2層酸化アモルファスバリアの開拓し、結果的に、素子作製の歩留まりが大幅に向上し、純粋円偏光に必要な電流密度を一桁低下させるしたことができた。令和1年度は、この結果をいっそう発展させる展開を目指して、(i) 原理解明のための円偏光・直線偏光同時照射による蛍光実験、(ii) 実験用素子数を増やして多様なEL計測実験を行う計画であった。項目(i)については、非線形現象を促すかもしれない円偏光の強度不足が示唆されるにとどまっている。項目(ii)については、フォトリソグラフ法によるストライプ電極形成過程において、2層酸化アモルファスバリアがエッチングされる可能性が示唆された。これは予想外の結果であり、強磁性体電極からのスピン注入において、酸化トンネルバリアが必ずしも必要でないことを示唆しているかもしれず、そうであれば、キャリアのスピン・電荷輸送について再検討が必要になることをも示唆している。とは言え、電極外側領域に残存する2層酸化アモルファスバリア層は漏れ電流パスを効果的にブロックしていることは間違いない。このことは素子作製上重要な知見である。キャリア輸送に関する実験と理論解析によって得られた知見、すなわち、電子に対する実効的なバリア層エネルギー障壁の高さ、ならびに、外部印加電界によって多量の正孔キャリアが誘起され得ること、は本課題発足当初にはわかっておらず、今後の素子作製に有用な知見である。しかし、テスト中のLED素子の電気的特性が突然変化し、同時に無EL状態に移行してしまう原因のきっかけとなる理論的背景はわかったものの、この問題は実験的に未解決で残った。スピン注入電極の候補材料および円偏光の応用に関する研究結果を、英文学術誌PRBならびにJJAPから刊行した。
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今後の研究の推進方策 |
令和1年度は、電極プロセスによる2層酸化膜の溶解現象ならびに外部電界による正孔キャリア誘起の可能性など、当初の素子設計と実験結果の解釈で想定しなかった新知見の芽が出た。一方で、素子の電気的特性が実験中に突然変化し、同時に無EL状態に移行してしまう問題は実験的に未解決で残った。この無EL状態移行の問題点を解決しない限り、研究室内外を巻き込んだ共同研究開発の機運を盛り上げることは難しいと考える。前記新知見の芽は、当初の素子設計と実験結果解釈と対立する部分も一部ある。しかし、それら新知見の芽をいっそう検討し、統合しながら、EL発光における円偏光増大の機構解明、ならびに、長寿命(目標:1週間)な横型spin-LEDの実現に向けたデバイス作製工程(酸化膜を含む素子構造の再検討、強磁性体形成から配線までを含む複数のデバイスプロセスの検討)の改良を目指す。円偏光増大に関する課題については、光学的過程によるものか、キャリア輸送過程によるものか、あるいは両者の協働効果によるものであるかを明らかにする。具体的には、光励起密度を各段に増強した円偏光・直線偏光同時照射による蛍光実験を遂行する(目標励起強度:1平方センチメートル当たり1-10 kW)。バンドギャップ(1.42 eV)よりも光子エネルギーが少し高い・低い波長の励起光を組み合わせて実施する。素子の長寿命化に関しては、酸化層の役割(界面反応の抑制、トンネルバリアとして有用性・有害性)を明確化する。そのためには、本課題開始当初取り上げなかった、酸化層なしのショットキーバリア型素子も含めた実験を遂行する。なによりも、研究室メンバーが作製する素子数と実験の手数が少ないので、研究室学生メンバーには、半導体プロセスによる素子作製、または、チップ張り合わせ法(一種のバンプ法)の習得を強く勧め、実験データを厚く積み上げる。
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