研究課題/領域番号 |
18H03879
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研究機関 | 北陸先端科学技術大学院大学 |
研究代表者 |
富取 正彦 北陸先端科学技術大学院大学, 先端科学技術研究科, 教授 (10188790)
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研究分担者 |
新井 豊子 金沢大学, 数物科学系, 教授 (20250235)
大島 義文 北陸先端科学技術大学院大学, 先端科学技術研究科, 教授 (80272699)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 表面・界面物性 / エネルギー散逸 / 走査型プローブ顕微鏡 / 電子顕微鏡 / 接合 |
研究実績の概要 |
本研究では、原子位置の変位や、物質の融着、転移導入過程で散逸される力学的エネルギー(散逸エネルギー)の検出技術を中心に、走査型プローブ顕微鏡(SPM)の観察・解析能力を拡張し、ナノサイズの物質接合の電気・力学特性を原子レベルで評価する。手法として、独自のSPM技術(力学的散逸エネルギーの高感度検出法および分光学的手法、チャージアンプを利用した電荷移動・表面電位の高速・高感度検出法、電子顕微鏡とSPMの複合化技術)を発展させながら複合・集積化をめざしている。 本年度、透過型電子顕微鏡(TEM)ホルダーに長辺振動水晶振動子(LER)を力センサーとして組み込んだTEM-SPM複合装置による原子鎖の観察・力学測定の研究が進展した。LER端とそれに対向する電極の間に白金(Pt)の金属細線を張り、TEMで観察しながらその細線を引張ることで細線化し、1から複数のPt原子が直線状に配列したナノ接合(単原子鎖)を作製した。その引張り過程で原子鎖の電気伝導と等価バネ定数を同時計測した。等価バネ定数はLERの共振周波数変化(Δf)(振動振幅は約27pm: TEM観察を劣化させない。)から求めた。原子鎖を構成する原子の個数に応じてΔfが変化する様子を捉えた。直列結合したバネのモデルをたてて、原子鎖内の各原子結合の等価バネ定数を求めた。その値は約25N/mであること、例えば3原子から構成された原子鎖では、端の原子の結合バネ定数は中央の結合より1N/mほど小さいこと、母材のPt線の結晶方向には余り依存しないことを見出した。原子鎖は張力を受けているが、破断距離が通常のバルクPt結晶よりも20%以上大きいことも見出した。 その他、散逸エネルギーをS/N比良く計測するための小型で真空設置対応の高速チャージアンプで金属細線の弾性定数を計測する手法開発、絶縁極薄膜の試料とした散逸エネルギーのSPM測定などを進めた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
電子パーツとして市販されている長辺振動水晶振動子(LER)を力センサーとして内蔵させたTEMホルダーの開発では、幾つかのタイプの設計・試作開発を独自に行い、機械系微動駆動を工夫することで除振性能を高め、TEM像の原子分解能を損なうこと無く探針と試料の間に形成されるナノ接合を観察できた。LERを力センサーとして動作させるためにLERをその共振周波数(f)で振動させているが、その振動振幅を27 pmという原子スケールにまで小さくすることでTEMによる原子像観察を擾乱させることなくできるようになった。ナノ接合の等価バネ定数を算出する際、ナノ接合を支持している金属細線(おおよそ扁平した円錐状と見なせる。ベースと呼ぶ。)のバネ定数も含まれた計測となっている(複数のバネが直列に結合した状態としてモデル化できる)。そこで、AI技術を使って連続したTEM像および同時計測した電気電導とΔfの値から、ベースの形を抽出する方法の開発にも着手し、その妥当性の確認を進めた。 一方、LER力センサーを使ってナノ接合の伸展時の散逸エネルギーも同時測定しているが、原子鎖を構成する原子数による変化までを捉えるには至っていない。小型の低ノイズ高感度高帯域チャージアンプの開発が進んだので、それをTEMホルダーに組み込むための設計・製作を進めた。 SPMを用いた散逸エネルギーの測定では、電気伝導性のSPM探針を利用して、絶縁極薄膜の有無による差異を捉えた。共振周波数で振動させているカンチレバー端のSPM探針が誘起する変位電流が、探針―試料系の抵抗を介してジュール発熱させていると判断し、散逸エネルギーの力学計測からその抵抗値を見積もることもできた。ナノ領域の抵抗を、非接触で力学的に計測できる手法としての特徴を持つ。以上より、概ね順調に進んでいると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
上述のTEM-SPMホルダーを利用して、金や白金のナノ接合での隣接原子間で働いている相互作用力の解析を進める。とくに、原子鎖という究極の1次元系物質を構成する原子レベルの力学を探究する。金属ナノ接合はバルク結晶と異なり、転位が少ないと言われている。しかし、原子鎖状のナノ接合を伸展させていくと原子の組替やすべり面での原子変位が起こる。この現象を高感度チャージアンプを用いた散逸エネルギー計測で捉えられるかを調べる。ナノ接合を力学的に操作したときに起こる非可逆な原子過程のTEM観察との相関も調べる。 絶縁極薄膜を利用したSPMによる散逸エネルギーの測定では、非接触の力学計測で試料のナノ領域の抵抗値を推量する手法の開拓を進める。本測定では、市販の原子間力顕微鏡(AFM)用の導電性探針付きのカンチレバーを用いる。周波数変調方式原子間力顕微鏡(FM-AFM)法に則り、カンチレバーはその共振周波数で振動させ続ける。カンチレバー端の電導性SPM探針が試料表面に接近したときに散逸エネルギー過程が起きるが、探針がnmオーダで離れているときは静電引力に基づく変位電流が流れ、その電流が抵抗を流れることによるジュール発熱が散逸エネルギーの主因となる。参照試料として、ナノメートル単位で膜厚が制御できる絶縁極薄膜(人工マイカ)を用いる。試料表面に担持された絶縁極薄膜の有無、厚みによって変化するであろう変位電流を高感度電流アンプとロックイン検波法を用いて測定し、測定される散逸エネルギーとの相関を調べる。絶縁極薄膜は静電容量を変化させるので、その容量を介して流れる変位電流は絶縁極薄膜の誘電率と膜厚に応じて変化する。試料と探針はそのままに、試料上に担持させた膜厚の異なる絶縁極薄膜をSPM探針で走査して調べることで、非接触の力学測定で表面・界面の電子物性を計測する手法を確立する。
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