本研究は、赤外・紫外分光に匹敵する高い検出感度を有し、振動・回転準位はもとよりトンネル分裂なども明確に観測しうる分解能を持つ新規分光法である量子波束イメージング分光の開発を目的としている。これまでに、長い遅延光路を組み込んだ光学系を用いることにより100 MHz以下の周波数分解能でのスペクトル測定が可能なシステムを構築し、時間分解クーロン爆発イメージングを用いた分子クラスターの時間領域回転スペクトルの測定を精力的に行ってきた。 研究最終年度である本年度は、アルゴンなどの希ガス原子の2量体、エチレンの2・3量体、プロピレン2量体など、双極子モーメントがゼロもしくは小さい分子から構成される数々のクラスターについて純回転遷移の観測に成功した。特にアルゴン2量体は、従来の紫外レーザー分光よりも1ケタ以上高い測定精度を実現し、超高精度の理論計算との詳細な比較ができる実測データを得た。また、エチレン3量体のスペクトル測定に成功したことは、本手法がより大きなサイズのクラスターへ適用可能であることを示す成果である。さらに、プロピレン2量体は、世界で初めての分光学的測定である。 また、昨年度までにメタン2量体の回転遷移測定に成功しているが、観測されたスペクトルは極めて複雑でその解析に難航していた。本年度は、ハンガリーの理論計算グループとの国際共同研究を開始し、高精度の量子化学計算による分子間ポテンシャルの構築ならびに振動・回転エネルギー準位の計算を進めている。理論予測は実測スペクトルの概要を良く説明する結果となり、5つの核スピン異性体に由来するシリーズとしてスペクトルを帰属することに成功した。本研究は、実験と理論との緊密な連携によって、多自由度で大振幅な分子クラスターの振動ダイナミックスの詳細を明らかにしたものであり、分子分光の新しい方向性を示す成果である。
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