研究課題/領域番号 |
18H03944
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
喜田 聡 東京大学, 大学院農学生命科学研究科(農学部), 教授 (80301547)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 生物時計 / 記憶想起 / 海馬 / cAMP / ドーパミン / 時計遺伝子 / 転写因子 |
研究実績の概要 |
前年度に引き続き、BMAL1変異型マウス海馬のRNA-Seqの結果に基づいた解析を行った。cAMP情報伝達経路を活性化させるGタンパク質共役型受容体であるアデノシンA2a受容体(A2aR)の発現は線条体においてBMAL1の不活性化により顕著に抑制されることが示唆されたため、A2aRが生物時計の下流因子としてcAMP情報伝達の活性化に貢献する可能性が考えられたため、社会的認知記憶課題と恐怖条件づけ文脈記憶課題を用いて野生型マウスに対するA2aR受容体のアンタゴニスト投与の効果を解析した。その結果、低濃度のアンタゴニストを投与した場合、明期開始後4時間では記憶想起が認められたが、明期開始後10時間(ZT10)で評価した場合には想起は認められず、両課題においてこのアンタゴニスト投与によりZT10特異的に想起が障害されることが明らかとなった。従って、A2a受容体が生物時計の下流因子として記憶想起制御に関わることが示唆された。さらに、野生型マウスとBMAL1変異型マウスを用いて、cAMP情報伝達経路を活性化させる因子群に着目し、記憶想起を向上させる栄養素・食品成分のスクリーニングを進め、記憶想起を改善する栄養因子を同定した。一方、記憶想起制御に対するcAMP情報伝達の役割を明らかにするために、光感受性cAMP産生酵素あるいは分解酵素をアデノ随伴ウイルスにより野生型マウス海馬に発現させて恐怖条件づけ文脈記憶想起に対するcAMP情報伝達経路の活性化あるいは不活性化の影響を光遺伝学的に解析し(トロント大学との共同研究)、cAMP情報伝達経路は記憶想起を正に制御することが示唆された。また、CREST遺伝子のコンディショナル変異マウスから調製した繊維芽細胞のRNA-Seq解析、ChIPアッセイ、タンパク質間相互作用の解析結果から、CRESTとBMAL1/CLOCKの関係性が強く示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
RNA-Seqの結果から時計遺伝子群の下流で記憶想起制御に関与することが示唆されたアデノシンA2a受容体(A2aR)を標的とした薬理学的解析を実施し、A2aRが記憶想起を正に制御すること、また、この受容体が時間帯依存的な想起制御に関わることが示唆された。以上の解析から、時計遺伝子群の下流で記憶想起が制御される分子機構の一端を明らかにすることができた。さらに、野生型マウスとBMAL1変異型マウスを用いた記憶想起を向上させる栄養素・食品成分のスクリーニングから、記憶想起を改善する栄養素が同定され、栄養素・食品成分を用いた想起障害の改善方法開発に近づくことができた。また、光感受性cAMP産生酵素あるいは分解酵素については、発現条件や発現期間、また、光刺激条件などを検討した。その結果、記憶想起に対するcAMP情報伝達経路の活性化あるいは不活性化の影響を解析することに成功しつつあり、記憶想起に対するcAMP情報伝達経路の重要性を明らかにすることができる見込みが立った。さらに、CRESTと時計遺伝子群の関係性を明らかにする培養細胞レベルの解析や分子生物学的解析が進展し、CRESTと時計遺伝子との相互作用の実態が明らかになりつつあり、論文発表に近づいた。さらに、認知症モデルマウスの解析にも着手し、マウス海馬へのAβ注入条件の設定が完了した。海馬Aβ注入マウスを用いた行動解析も進展しており、記憶障害が観察されるデータも得られ始めている。以上の進捗状況から、研究計画通りに進んでいると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
記憶想起に対するBMAL1→ドーパミン受容体D1/5Rとアデノシン受容体→cAMP情報伝達経路の重要性が強く示唆されたため、受容体群の役割分担や相互作用を解析する。光感受性cAMP産生酵素あるいは分解酵素をアデノ随伴ウイルスにより海馬に発現させる解析を、恐怖条件づけ文脈課題のみならず、社会的認知記憶課題、受動的回避反応課題、モリス水経路課題など他の海馬依存性記憶課題野にも拡張し、cAMP情報伝達経路による記憶想起制御の分子機構解析を進展させる。さらに、記憶想起制御に関わる新たな受容体群、栄養素・食品成分の検索を続行し、現在同定されている因子群と比較しつつ、薬剤や栄養素・食品成分を用いてBMAL1変異マウスに対するレスキュー効果、また、野生型マウスにおける海馬依存性記憶の想起に対する影響を解析する。以上の解析を通して、cAMP情報伝達経路を標的とした記憶想起制御方法を開発し、ヒトにおける想起障害を改善するための応用研究を実施するに十分な実験データを揃える。さらに、心的外傷後ストレス障害(PTSD)モデルマウスを用いて、cAMP 情報伝達経路不活性化を介してトラウマ記憶想起を抑制する薬剤と栄養素・食品成分の検索も試みて、PTSDの新たな治療方法開発に挑戦する。一方、海馬Aβ注入マウスを中心としたアルツハイマー型認知症モデルマウスを記憶想起障害の観点から解析し、記憶想起の観点からの認知症の病態の理解と、認知症における記憶障害の改善方法開発を試みる。また、脳搭載型蛍光顕微鏡を用いてGCaMPを発現させた海馬ニューロンの記憶想起時の活動のライブイメージングを引き続き実施し、BMAL1変異マウスにおける想起障害のメカニズムを細胞レベルで解析する。
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