研究課題
シェーグレン・ラルソン症候群(SLS)は皮膚神経疾患であり,原因遺伝子はアルデヒドデヒドロゲナーゼALDH3A2である。ALDH3A2はセラミドの分解過程で生じる長鎖アルデヒドの代謝に関与する。ALDH3A2は脳において神経細胞とオリゴデンドロサイトに発現していた。Aldh3a2 KOマウスではミエリンの脱髄は観察されなかった。Aldh3a2 KOマウスは光に対する不安様行動の増加,うつ様行動の低下を示した。Aldh3a2 KOマウスの皮膚では齧歯類特異的なアイソザイムAldh3b2の発現のため,皮膚バリア異常は示さなかった。一方,Aldh3a2 Aldh3b2二重KOマウスは,経皮水分蒸散量の亢進,色素の浸透の亢進,過角化などSLSの皮膚症状に類似した表現型を示した。フィトセラミドの代謝過程におけるアルファ酸化に関わるMpo1の酵素学的性質を調べた結果,Mpo1は鉄イオンを補酵素とする新規ジオキシゲナーゼであることが明らかとなった。また,Mpo1の基質は長鎖から極長鎖の鎖長を有する2-ヒドロキシ脂肪酸であった。フィトセラミド産生酵素遺伝子Degs2のKOマウスをイミキミド誘発性乾癬モデルで解析したが,IL-17などのサイトカインの産生量に影響はなかった。また,Degs2 KOマウスで減少するセラミド-XはグルコシルフィトセラミドのIn-source decayであることが判明した。哺乳類の長鎖塩基の1種,スフィンガジエンは広範な組織に存在する。スフィンゴジエンの代謝について調べたところ,哺乳類で最も多く存在するスフィンゴシンと同程度の効率でセラミド,長鎖塩基1-リン酸に代謝されることが明らかとなった。また,長鎖塩基1-リン酸の分解に関しては,スフィンガジエン1-リン酸はスフィンゴシン1-リン酸と同程度の効率で脱リン酸化されるものの,リアーゼによる開裂は受けづらいことが明らかとなった。このことは,スフィンガジエンがグリセロリン脂質へ代謝されにくいことを示している。
1: 当初の計画以上に進展している
本研究において作成した2つのSLSモデルマウス(Aldh3a2 KOマウス及びAldh3a2 Aldh3b2二重KOマウス)のそれぞれの利点(Aldh3a2 KOマウス,生存可能,神経症状あり;Aldh3a2 Aldh3b2二重KOマウス,新生致死,皮膚症状あり)を有効に活かし,SLSの皮膚と神経症状の両方のそれぞれの分子機構の解明に向けて大きな手がかりを得た。また,本研究はこれまで全く不明であった小胞体における脂肪酸アルファ酸化の分子レベルでの解明に大きな寄与を果たした。スフィンガジエンは古くから存在が知られていたものの,その代謝に関する知見は全くなかった。本研究では,スフィンガジエンのセラミドや長鎖塩基1-リン酸への代謝という直接の代謝だけでなく,長鎖塩基1-リン酸よりさらに先の代謝に至るまで詳細に解明した。
Aldh3a2 Aldh3b2二重KOマウス中でのSLS様の皮膚バリア異常を引き起こす分子機構を解明するために,表皮バリア形成に関わる各種セラミド分子種のリピドミクス解析を行う。産生の低下が観察されたセラミド種に関してはその原因となる酵素の活性測定,遺伝子発現解析を行っていく。フィトセラミド代謝経路におけるアルファ酸化酵素である酵母Mpo1は新規のファミリーに属する酵素なので,触媒残基が不明である。そこでMpo1中の保存性の高いアミノ酸残基の変異体を作成して明らかにしていく。また,哺乳類のアルファ酸化酵素HACL2に関してはCRISPR/Cas9システムを用いてKOマウスを作成し,その表現型を調べることで生理機能を探る。スフィンガジエンの代謝産物であるスフィンガジエン1-リン酸のスフィンゴシン1-リン酸受容体に対するリガンド活性を調べるなど,スフィンガジエン代謝物の機能を解析する。また,脂肪酸不飽和化酵素ファミリー(FADS1-7)を候補として,スフィンガジエン含有セラミドの生合成に関わる遺伝子の同定を目指す。
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