本研究の目的は、細胞の生体膜上のチャネルタンパク質における膜電位で駆動されたイオン流によってジュール熱が発生し、細胞生理機能に関与する酵素活性がこの熱によって調節を受けることを提唱する「ジュール熱仮説」を検証することである。本年度は、ジュール熱仮説の検証についての結論を得るべく、本研究で開発した蛍光タンパク質融合ベースの温度指示薬の特性解析と細胞内温度イメージング、そしてチャネルタンパク質周囲の温度分布予測を行った。 昨年度までに、蛍光の熱消光を利用した緑色蛍光タンパク質-赤色蛍光タンパク質温度温度指示薬(緑色-赤色温度指示薬)、そして熱感受性弾性ポリペプチド、青色蛍光タンパク質、そして橙色蛍光タンパク質で構成される温度指示薬(ELP-TEMP)を開発した。緑色-赤色温度指示薬は、温度変化に対して高速(ミリ秒以下)に応答し、ELP-TEMPは温度変化に対して蛍光シグナルの大きな変化率(45%/℃)を示すことが分かった。これらの高速応答性や高い温度感受性は、従来の蛍光タンパク質温度指示薬では類例を見ないものである。さらに、緑色-赤色温度指示薬の高速応答性を生かして、哺乳類細胞内の熱拡散率の測定を行ったところ、純水の熱拡散率の数分の一程度とかなり低いことが明らかになった。 チャネルタンパク質で発生する熱に起因した温度上昇を予測するために、古典的な熱拡散モデルでの温度シミュレーションを行った。開口中のチャネルタンパク質分子から発生したジュール熱が細胞中や細胞周囲に拡散するとしてモデル化し、温度変化の予測を行ったところ、チャネルタンパク質分子集団が発生する熱により、細胞内の化学反応にも影響を及ぼしうる程度の温度上昇(~℃)が起こりうることが判明した。本研究の結果は、細胞の熱産生メカニズムについての従来の定説を変えうるものである。
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