研究課題/領域番号 |
18H03995
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
一條 秀憲 東京大学, 大学院薬学系研究科(薬学部), 教授 (00242206)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | ASK3 / 浸透圧ストレス受容 / 浸透圧ストレス応答 / 細胞体積制御 / VRAC/LRRC8 / アポトーシス / 液―液相分離 |
研究実績の概要 |
細胞の浸透圧ストレス応答機構は古い研究分野にも関わらず,浸透圧が定量的に扱い難く,その受容・応答の分子機構は特に哺乳類細胞において十分に解明されていない.研究代表者はセリン・スレオニンキナーゼであるASKファミリーの研究を通して,ASK3が低・高浸透圧ストレスに対して両方向に活性を変化させ,細胞体積の回復を調節する重要な鍵分子であることを明らかにしてきた.そこで本研究では,ASK3を解析の中心に据えて①浸透圧ストレスの受容と②応答機構,③他の細胞機能への関連性を解析することで,哺乳類細胞における浸透圧ストレスの受容から応答に至る分子機構を解明し,さらには細胞体積制御の観点から様々な疾患の新規治療法や創薬基盤の開発に資することを目的としている. 本年度は昨年度の成果を踏まえ,特に①浸透圧ストレスの受容のパートを精力的に解析した.その結果【現在までの進捗状況】に示す通り,高浸透圧ストレスによるASK3の細胞内局在変化がliquidーliquid phase separation(液―液相分離)によって引き起こされ,ASK3の不活性化に必要であることを解明した.液―液相分離とは水と油のように2種類の物質系が互いに液体の性質を保ちながら混ざり合わず界面を形成して共存している物理現象のことで,その重要性が幅広い生命科学分野においてここ数年で急速に明らかになってきている.これまで浸透圧ストレス認識機構は体系的な理解がなされておらず,特に近年は細胞膜における変化が着目され,細胞内における変化が軽視されていた.しかし本成果は,細胞が物理的実体のない浸透圧ストレスを細胞内タンパク質の液―液相分離によって認識するという新たな概念を提示する革新的な意義がある. 従って,来年度も引き続き知見を深めることで本研究目的を十分達成できると期待される.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
当初の計画では3つのパートを並行して進める予定であったが,昨年度の成果を踏まえ特にパート①を精力的に進めたところ,本研究目的の根源に迫る重大な結果が得られた.また他のパートの準備も並行して進めており,現在までの進捗状況の評価は妥当だと考えられる. ①浸透圧ストレス受容機構:これまでに研究代表者は高浸透圧ストレス時にASK3が細胞質に一様に分布しつつも大量の丸い顆粒状の凝集体(condensate)を形成するというユニークなASK3局在変化を見出していたが,その意義については長らく不明であった.しかし昨年度にASK3活性の制御分子を同定したことで,高浸透圧ストレスによるASK3凝集体が液―液相分離によって引き起こされ,ASK3の不活性化に必要であるという発想に至った.そこで本年度は液―液相分離の視点から様々な解析を進めたところ,ASK3凝集体が液体の性質を有しており,凝集体不全ASK3変異体が不活性化しないことを解明し,液―液相分離がASK3不活性化制御に必要であることを明らかにした. ②浸透圧ストレス応答機構:昨年度,低浸透圧ストレス時の体積回復に必要なイオンチャネルVRACの必須構成分子LRRC8AがASK3によってリン酸化されることを明らかにし,そのリン酸化部位の候補を得た.そこで本年度は抗リン酸化抗体などのツールを作製した. ③他の細胞機能との関連性:昨年度,酸化ストレスにおけるアポトーシス時の細胞収縮にASK3やVRACが必要であることを明らかにした.そこでパート②と同様に,今後の解析に必要なツール準備を行った.
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今後の研究の推進方策 |
来年度も引き続き解析を進めることで本研究目的を十分達成できると期待されるため,これまで同様,3つのパートを並行して進める. ①浸透圧ストレス受容機構:本年度までに蓄積してきた結果を基に,同定した上流のASK3活性制御分子とASK3の液―液相分離の関係を検証するなど,液―液相分離の視点からASK3不活性化制御機構への知見を深める.特に,ASK3活性制御分子の解析を通じてポリADPリボースがASK3不活性化に必要であることを見出したが,ポリADPリボースと物理化学的性質の類似するRNAは様々なタンパク質の液―液相分離の制御における重要性が報告されている.よって,浸透圧ストレス研究に留まらず,相分離研究としての知見の意味でも,ポリADPリボースによるASK3の液―液相分離制御を精力的に検証する. ②浸透圧ストレス応答機構:本年度に作製したツールを用いて,同定したリン酸化部位が浸透圧ストレスで変化するか,リン酸化部位の変異体でVRAC活性に影響があるかなどを検証することで,ASK3によるVRAC制御機構の解明を目指す. ③他の細胞機能との関連性:パート②の浸透圧ストレス応答の場合と同様に,作製したツールを用いてASK3によるVRAC制御機構を酸化ストレスの場合においても検証することで,ASK3-VRACが共通モジュールであるという独創的な仮説の実証を目指す.
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