熱帯雨林において樹木種の多様性が高いことはよく知られているが、実際には熱帯雨林でも樹木種の多様性には大きな地域差がある。本研究はこの地域差が、気温・雨量・地形要因にどのように影響されているかを明らかにすることを目的として実施された。また、熱帯林の樹種の多様性を維持するメカニズムとして、年間の季節の違いによる「咲き分け」よりも、異なる年に開花することによる「咲き分け」が多いのではないか、という仮説を検証することを課題としてとりあげた。東南アジア各地140地点に設置した500m2プロット内の全種調査の結果から、低地多雨林ではサラワク州で樹木種の種数がもっとも多く、山地多雨林ではキナバル山とベトナム南部山地で樹木種の種数がもっとも多いことが明らかになった。ベトナム南部山地ではブナ科・クスノキ科など、日本の暖温帯林と共通する科の多様性が高く、ブナ科に関しては50種以上が狭い地域に生育していた。ベトナム南部山地の多雨林において、異なる年に開花することによる「咲き分け」が見られるかどうかを検証するために、ベトナム南部Bidoup Nui Ba国立公園に設置された森林プロットにおいて3年間のフェノロジー観察を行った。その結果、91種中63種は毎年開花せず、うち32種は3年間を通じて開花しなかった。この結果は上記の仮説と整合的である。Bidoup Nui Ba国立公園の熱帯山地林で見られるフェノロジーを特徴づけるために、樹木のフェノロジー調査結果が利用できる東アジア各地の8地点とBidoup Nui Ba国立公園の間で、フェノロジーパターンを多変量解析により比較した。この結果にもとづいて、温帯で見られる季節性が明瞭なフェノロジーパターンと、サラワク州低地多雨林で見られる一斉開花型のフェノロジーパターンが、Bidoup Nui Ba国立公園の山地多雨林で見られるような弱い季節性を持つ非通年性の開花パターンからどのように生じたかについて考察した。
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