これまでの研究により、p53遺伝子の機能獲得型(GOF)変異と、LOHによる野生型p53遺伝子欠損の組み合わせは、マウス腸管腫瘍由来AKTP細胞の肝転移巣形成を促進することを明らかにした。令和3年度に、p53のGOF/LOH組み合わせ変異を導入したAKTP細胞を用いて、幹細胞性質や腫瘍原性の獲得・維持に関与するシグナル経路を解析した結果、Wntシグナル活性が有意に亢進していることを明らかにした。したがって、p53 GOF/LOH変異に依存したWnt活性化が転移性獲得に関与すると考えられた。 一方で、がん細胞間の悪性度に関する多様性は、遺伝子変異型に依存すると考えられている。そこで、AKTP細胞をシングルセル化して複数のサブクローン系統を樹立し、それぞれの細胞系統についてマウス脾臓へ移植実験を行った。その結果、各サブクローンは、同じ遺伝子変異を持っていても、転移性を維持する系統と転移性を失った系統に分類されることが明らかとなった。この結果は、転移性の獲得には特定の遺伝子変異が必要条件だが、非遺伝的な要素も転移性獲得に関与することを示している。 さらに、走査型イオン電流顕微鏡(SICM)を使って、マウス腸管の腺腫、非転移性腺がん、および転移性腺がんから樹立したオルガノイド細胞のナノレベル表面構造(topography)および剛性(stiffness)を計測した。その結果、AKTPやAKTPF細胞などの転移性腺がんでは、microridgeと呼ばれる尾根状構造が細胞表面に形成され、水平方向および垂直方向に持続的に激しく運動していることを初めて観察した。さらに、転移性腺がんでは細胞膜全体の剛性が有意に低いことを明らかにした。これらのSICM測定結果の違いが、各遺伝子型に特徴的な悪性化形質の違いに反映される可能性が考えられた。
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