研究実績の概要 |
がんの発症の多くには環境や遺伝子の複数の因子が関与する。微分方程式を基礎とした細胞の数理モデリングは、発現量や変異などの多様な遺伝子情報を統合することにより、各要素の影響を定量的に評価し、がん細胞制御のメカニズムを予測できる数少ない手法のひとつである。しかし、疾病に関わる遺伝子を網羅的に含み、その疾病発症メカニズムを分子レベルで説明できるような数理モデルは未だ構築されていない。本研究では、”Cancer Hallmarks”に代表されるがんのシグナルネットワークの網羅的な数理モデルを構築し、疾患・バイオデータベースより得られる遺伝子発現・変異情報をパラメータ化し、シミュレーションすることにより、各要素の影響や疾病の発症メカニズムを理論的に同定できる数理基盤を構築する。 Cancer Hallmarksにおけるがんのシグナルネットワークは、約9つの主要なシグナル伝達系と細胞周期およびp53経路が連動した約11のサブネットワークから構成される。昨年度までは、このうち4つのサブネットワーク(RTK-MAPK, PI3K-Akt, p53, 細胞周期)を統合したRTK統合モデルの構築を進めた。今年度は、それに加え、NF-kB, TGF-SMAD, JAK-STAT, p38 MAPK経路の4つの主要なモデルをそれぞれ論文を元に再構築した。また、これらのモデル統合により生じる大規模なパラメータ探索の問題に対処するために、パラメータ推定を迅速に行えるようなプログラムを作成した。その結果、上記のRTK統合モデルに関しては、4種類のがん細胞株のシグナル活性に対して、実験結果を再現できるシミュレーション結果が得られた。また、細胞株ごとに異なる反応感度やパラメータのばらつきについて結果が得られており、その生物学的な解釈に関する考察を進めている。
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