研究課題/領域番号 |
18H04031
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
岡田 眞里子 大阪大学, 蛋白質研究所, 教授 (10342833)
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研究分担者 |
木村 周平 鳥取大学, 工学研究科, 教授 (20342777)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | シグナル伝達 / 数理モデル / 乳がん / TNBC / シミュレーション |
研究実績の概要 |
がんの発症には環境や遺伝子などの複数の因子が関与する。微分方程式を用いた細胞の数理モデリングは、発現量や変異などの多様な遺伝子情報を統合することにより、各要素の影響を定量的に評価し、がんの制御メカニズムを予測できる数少ない手法のひとつである。しかし、がんに関わる遺伝子を網羅的に含み、その発症メカニズムを分子レベルで説明できるような数理モデルは未だ構築されていない。本研究では、”Cancer Hallmarks”に代表されるがんのシグナルネットワークの網羅的な数理モデルを構築し、公共データベースより得られる遺伝子発現・変異情報をパラメータ化し、シミュレーションすることにより、各要素の影響やがんの発症メカニズムを理論的に同定できる数理基盤を構築する。
Cancer Hallmarksにおけるがんのシグナルネットワークは、約9つの主要なシグナル伝達系と細胞周期およびp53経路が連動した約11のサブネットワークから構成される。R1年度までに、RTK-MAPK, PI3K-AKT, MYC, p53, 細胞周期を統合したRTK統合モデルの構築を進め、R2年度はさらに、integrin, NF-kB, TGF-SMAD, JAK-STAT, p38 MAPK経路の数理モデルを構築し、このことでCancer Hallmarkにおける全シグナルをほぼ網羅した数理モデリングが可能になった。また、数理モデルとTCGAなどの疾患オミクスデータを統合して解析を行える計算ツールを新たに開発した。R3年度はこの解析ツールを利用して、乳がんのサブタイプ分類と予後分類を行い、その成果を論文として発表するとともに、解析ツールをウェブ上で一般公開した。また、さらに、構築した数理モデルの汎用性を確かめるため、TCGAに登録されている検体数が比較的多い十数種類のがんで予後分類を行い、大腸がんで比較的良い分類精度を示すことができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
R3年度は、多様ながんの原因となるErbB受容体シグナルネットワークの数理モデルを用いて、乳がんのサブタイプ分類と予後分類を行った。2種類の公共データベース(CCLE(細胞株)およびTCGA(臨床がん))を用い、CCLEから取得した4つの乳がん細胞の遺伝子発現量と、その細胞の実験から得たERK, AKT, MYCのリン酸化時系列データを数理モデルの学習データとして与え、数理モデルのパラメータを計算的に取得した。次に、TCGAから得た377人の乳がん患者の遺伝子発現量を上記モデルの初期値として、シミュレーションを行い、すべての患者のERK, AKT, MYC活性をそれぞれ予測した。さらに、得られたERK, AKT, MYC活性の波形の最大値をもとに、予後分類を行った。結果として、トリプルネガティブ(TNBC)のサブタイプにおいて、予後の良い群と悪い群を分類することが出来た。このTNBCの分類に関しては、通常使われているPAM50よりも高い分類精度を得ることができた。また、シミュレーション結果からこの分類根拠となる分子メカニズムを推定し、EGFR/ErbB+ErbB3+ErbB4 の比率が低いほど予後が良いこと、また、このような予後の良い群に関してはEGFR阻害剤の薬剤応答が良好なことを シミュレーションと薬剤応答データを用いて検証し、特許申請を行った。さらにこのErbB受容体ネットワークモデルの汎用性を確かめるため、TCGAの他のがんを用いて同様の解析を行ったところ、大腸がんについて、ERK, AKT, MYC活性の波形から、比較的良い分類結果を得ることができた。
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今後の研究の推進方策 |
R3年度は、乳がんのTNBCの予後分類と薬剤応答性を可能にする計算ツールを開発し、論文発表、特許申請、解析ツールの一般公開を行った。現在、乳がんにおけるErbB受容体シグナルから細胞周期の統合モデル化への展開を図るため、細胞周期のS期以降における、シグナル伝達系とCDK活性のネットワーク同定を進めている。これまでのライブセルイメージングを用いた結果からは、CDKによるフィードバック制御の存在やS期遷移に伴う細胞不均一性の増加といった結果が得られており、これらががんの薬剤耐性に関わる可能性が示唆されており、数理モデルを用いた説明が可能であると考えている。また、これまでのErbBネットワークモデルで分類性能が良くなかった肺がんに関しては、EGFR変異のパラメータ化、学習データの取得、数理モデルの改変、シミュレーション結果の機械学習による分類などさまざまな方向から系の見直しを進めている。
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