本研究では,ヒトに近い脳回路基盤を有するサルを対象とし、最新の化学遺伝学手法(DREADDs)によるドーパミン/セロトニンの操作で生じる意欲低下を独自の行動実験系と数理モデルで捉えるとともに、イメージング・電気生理手法により脳ネットワーク情報処理・動機価値の脳内表現の変容を特定し、正常の意欲制御の神経機構から病態まで統一的に説明するモデルを提唱することを目的とする。 R4年度は報酬量に基づく行動課題を遂行中のマカクザルに5-HT受容体阻害剤を全身投与し、動機価値およびコストベネフィットトレードオフの神経機構における影響について調べた。モデルを用いた解析を通じ、5-HT1A受容体阻害がコスト感受性の変化を含む報酬と直交するかたちで意欲を減退させる一方、5-HT1B受容体阻害が報酬量の感受性を減弱させる効果を明らかにした。さらに、PETイメージングにより辺縁系脳部位におけるそれぞれの受容体分布が異なることから、これらの結果はセロトニン神経が異なる脳部位を介した異なる意欲調節機能を反映している可能性を示した。この結果を論文にまとめプレプリントとして発表し(HoriらbioRiv 2023)、国際誌に投稿した(査読中)。さらに5-HT神経細胞特異的プロモーターにより抑制性DREADDを発現するウイルしベクターを背側縫線核・正中縫線核にそれぞれ投与した合計4頭のマカクザル作出、PETイメージング法により注入部位での発現を可視化するとともに、動機付け行動課題への影響についてテストを行い、背側縫線核5-HT神経細胞の活動抑制が遅延報酬割引率の増加を、正中縫線核5-HT神経細胞の活動抑制が価値に依存しない意欲の低下をそれぞれ引き起こすことを見出した。これらの結果は、受容体阻害実験の結果と一貫しており、セロトニン神経投射が異なる脳部位を介した意欲調節機構を示唆するものである。
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