研究課題/領域番号 |
18H04130
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
山中 康裕 北海道大学, 地球環境科学研究院, 教授 (40242177)
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研究分担者 |
平田 貴文 北海道大学, 北極域研究センター, 特任准教授 (80576231)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 植物プランクトン / 海洋大循環モデル / 亜表層クロロフィル極大 / 多様性 / CN比 |
研究実績の概要 |
植物プランクトンの共存についての成果を論文化し、Ocean Modelling誌に受理された。この論文ではハッチンソンパラドックスに対して、ニッチの殆ど重なった類似種をモデル内で競争させ、共存出来るケースがあることを明らかにした。従来の数理生態学によるアプローチでは海洋環境の多様性、海流による植物プランクトンの分散が殆ど考慮されていなかったが、これらが共存を可能にしていることが分かった。更に、最新の植物プランクトン生理理論をモデルに取り入れ、世界で初めて亜表層クロロフィル極大の全球分布パターンの再現に成功した。植物プランクトンは環境に馴化して細胞内クロロフィル含有量を10倍以上変化させており、この馴化によって亜表層クロロフィル極大深度の海域による違いを説明できることを国際学術誌に投稿し、現在査読コメントを受けて改稿したところである。 モデル実験については、156種の植物プランクトンが競争する次世代多様性モデルを開発し、現在気候下での再現実験を行った。モデルで再現された分布を衛星で推定された植物プランクトン分類群(マイクロ、ナノ、ピコプランクトン)の分布を比較し、両者間で非負重回帰分析を行なった結果、マイクロプランクトンやピコプランクトンに比べ、ナノプランクトンは多様な生理パラメータを持つ特徴があることが示された。特に、中位の温度帯における多様性が高いことが示唆された。さらに、モデルと衛星の比較結果から各群集の形質のひとつである細胞サイズを全球規模で推定したところ、マイクロプランクトンは16.3、ナノプランクトンは7.3、ピコプランクトンは4.2μmと推定され、既存の知見をよく表現していることを確認した。特にマイクロプランクトンは、解析した1998年から2004年の期間に、細胞サイズが減少傾向にあることがわかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の当初計画では、植物プランクトン数百種を表現出来る次世代多様性モデルを開発し、現在気候再現実験を行った後に温暖化実験を行うという手順を予定していた。これによって植物プランクトン多様性と海洋環境の関係、更には温暖化に対する植物プランクトンの種構成の変化を明らかにし、成果を3本の論文にまとめることを目標としている。しかし、多様性モデル構築のベースとして採用した植物プランクトン生理理論には非常に大きな可能性があり、植物プランクトン1種のみのモデルを構築した場合でさえ、従来モデルでは不可能だった研究が可能になると分かってきた。本年度は156種モデルと1種モデルを用いて研究を進め、1種モデルでは亜表層クロロフィル極大の解析に加え、植物プランクトンの窒素・炭素比に関する解析を進めてきた。従来のモデルでは窒素・炭素比は一定値(レッドフィールド比)で固定されていたが、我々のモデルでは可変なので、海域による窒素・炭素比の違いを観測と比較・検証できる。 以上の様な経緯があるので、本研究の進捗状況を評価するのは難しい点がある。論文数をベースに評価した場合だと、本年度には多様性モデルの論文が1本受理されており、亜表層クロロフィル極大の形成メカニズムを明らかにした論文がリバイス中、植物プランクトンの炭素・窒素比に関する論文が執筆中ということで、3本の論文を執筆するという当初目標を上回る速度で進捗していると言える。しかし、植物プランクトン1種モデルの結果を解析し、論文化するという従来予定していなかった作業のしわ寄せが多様性モデル実験の進捗に及んでおり、これについては当初計画より遅れている。
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今後の研究の推進方策 |
これまでに行った解析によって、様々な新しい知見が得られており、これらの成果を論文化していく。亜表層クロロフィル極大の再現に成功し、その形成メカニズムを明らかにしたリバイス中の論文の受理を目指す。また、植物プランクトンの炭素・窒素比のレッドフィールド比からのずれが全海洋の炭素吸収に与える影響を量的に明らかにした論文を現在執筆中であり、来年度前半には投稿する。植物プランクトンの環境への適応が北極海の生産や栄養塩濃度分布に及ぼす影響に関する論文等も計画中である。 論文執筆と並行して、植物プランクトン数百種を表現する多様性モデルによる現在気候実験の解析を進める。現在気候実験では、実際にグローバル種とマイナー種が形成されているのが確認されており、どのような形質の違いが原因で生息域が決まっているのか明らかにする。衛星観測に基づいて得られた植物プランクトン機能群グループ(珪藻等)の空間分布を解析している研究者にモデルで得られた空間分布を既に提供しており、これらの比較によって、機能群の持つ形質を明らかにしていく。特に、どのような生理パラメータとその変動の様式の組み合わせで、形質多様性の空間分布が成立しているかについて、今年度解析しなかった生理パラメータ(光、栄養塩に関するもの)と組み合わせて、さらに解析を進めていく。来年度以降に行う気候変動実験では「広範囲に生息するグローバル種は生息域の移動で済むが、生息域の狭いマイナー種では絶滅種がでる」という仮説の検証を行う。現在気候再現実験の結果を見る限り、マイナー種のバイオマスが大きく減る事はあっても、絶滅には至らない可能性の方が高いと予想される。 また、従来型のモデルに比べて再現性の高い生態系モデルが出来たので、何人かの研究者から使ってみたいという要望を受けいる。本年度は気象研究所にモデルを提供したが、他の研究所とも研究協力の話を進めていく。
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