本年度は植物プランクトンが細胞内の炭素・窒素比を環境に応じて変化させるメカニズムを明らかにした論文を改訂し、Limnology and Oceanography Letters誌に受理された。植物プランクトン細胞の炭素・窒素比は光合成によって海洋に固定される炭素量と海洋表層に供給される窒素量の比であり、海洋の炭素循環と窒素循環をリンクさせる役割を果たす。植物プランクトンの培養実験では、細胞内の炭素・窒素比が3.0-20.0(molC/molN)の値を取ること、海水の硝酸塩濃度が低下すると炭素・窒素比が上昇すること、同じ環境でも種が異なると炭素・窒素比が大きく異なることが示されていた。しかし、これらの観測事実を説明できる生理メカニズムは分かっていなかった。我々は光合成による炭素獲得能力と窒素獲得能力のトレードオフを提唱した植物プランクトン生理理論を3Dの海洋生態系モデルに導入し、この理論が上記の観測事実を説明できることを示した。光が豊富で、硝酸塩が不足する海洋表層では、光合成によって炭素を獲得することは容易である一方、硝酸塩の獲得が難しいので炭素・窒素比は高くなる。逆に光が不足し、硝酸塩が豊富な深度100 m近辺では、炭素・窒素比は高くなる。種による炭素・窒素比の違いには観測で決定できる一つの生理パラメータ(Droopによって提唱されたQ0)が決定的な役割を果たしていることが分かった。この生理パラメータは植物プランクトンのサイズに依存するため、小型の植物プランクトンよりも大型の植物プランクトンの方が炭素・窒素比が高くなる傾向があると考えられる。
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