本研究では、呼気によるがん診断の可能性を検証するため、NIMSで独自に開発された嗅覚センサ「MSS(膜型表面応力センサ、Membrane-type Surface stress Sensor)」を用いた実証実験を進めた。多成分混合ガスである呼気は、疾患によって数十種類のガス濃度比が微妙に変化すると考えられている。そのため、疾患の状態を反映する「マーカー分子」の特定が難しいだけでなく、それらをピンポイントに測定するだけでは情報不足となる可能性が示唆されている。そこで本研究では、物理化学的特性の異なる複数の感応膜を塗布したMSSアレイを用いて呼気全体をパターン化し、疾患に起因する複雑なガス濃度比の変化全体を捉えることを目指した。このMSSセンサシグナルのうち、がん関連の医療データと相関を示す特徴を「マーカー特徴量」と定義し、その網羅的な探索を行った。 2020年度は、共同研究を行っている医療機関において、これまでに得られた大量の呼気測定データを詳細に解析することにより、温度や湿度などの外乱を排した測定および解析方法を確立することに成功した。これにより、測定日時が一年以上異なるサンプル間でもMSSのシグナルが再現可能であることが確認された。これらの成果に基づいて、特にセンサシグナルに大きな影響を与える要因に対して耐性を有する感応膜材料の開発を行い、実環境条件でも高いシグナル強度が得られる材料の開発に成功した。また実際の現場での実証試験として、肺がんに関して同一患者の手術前と手術後の呼気のセンサシグナルを、機械学習を用いて解析することにより、高い精度で判別できる可能性を示す結果が得られた。このなかで、マーカー特徴量となり得るシグナル要素も確認された。
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