研究課題
光球とコロナの中間にある「彩層」で発生する動的現象が担う磁気エネルギー輸送と散逸のプロセスを理解するため、大気球太陽望遠鏡SUNRISEで精密な偏光分光観測で彩層の3次元磁場・速度場を世界に先駆けて取得することを目指す。SUNRISEに搭載する近赤外線偏光分光装置SCIP(SUNRISE Chromospheric Infrared spectroPolarimeter)をドイツ・スペインと共同開発し、高解像度と偏光精度を気球飛翔時の熱真空環境で実現する光学構造の開発に成功した。大型真空槽にSCIPを収容した熱真空試験を実施し熱制御性能と光学性能の実証を行い国内開発を2021年度に完了させた。2021年度後半にドイツにて1m望遠鏡やゴンドラと結合させた総合性能試験、実太陽光試験、真空試験を行い、2022年4月から射場のキルナにてフライトソフトウェアの実装と最終試験を行い、偏光復調と画像圧縮からなる機上データ処理、協調動作のためのタイムラインをドイツ・スペインと共同開発した。2022年7月にフライト観測を実施したが、米国担当部に不具合があり観測を中断し装置を回収した。回収後も装置は健全であり、2023年の再フライトを計画している。SCIP開発と並行して、観測データと直接比較するため、電磁流体数値シミュレーションで光球・彩層の動的現象をモデリングする研究を実施している。SUNRISE気球で観測する可視・近赤外線スペクトル線の偏光を非局所熱平衡輻射輸送計算で再現する研究を行い、磁気リコネクションや磁気流体波動で発生する偏光信号を再現し、それがSUNRISE気球観測で検出できることを示した。さらに非局所熱平衡輻射輸送計算を基に気球観測SUNRISEや大型望遠鏡DKISTによる広波長・高精度偏光データから太陽大気の物理量を求めるインバージョン手法の開発を行い成果を論文化した。
2: おおむね順調に進展している
大気球太陽望遠鏡SUNRISEに搭載する偏光分光装置SCIPの開発では、飛翔体装置用の高精度光学系とそれを保持する構造系に加え、偏光分光観測の鍵となる駆動機構など、今後の偏光観測装置や飛翔体装置に応用できる要素技術の開発に成功し、その成果を査読論文5編、集録論文8編として出版した。フライト中の温度予測のための熱数学モデル、偏光観測用カメラ、偏光用機上データ処理の開発成果も査読論文を投稿中である。COVID-19による渡航制限によりスペイン担当のカメラ及び制御エレキを国内開発部と結合した試験の開始が遅れるなどの影響を受け開発に遅延が生じたが、国内開発とドイツにおける結合試験を2021年度中に完了させることができた。飛翔観測を2022年7月に実施したが、放球時の衝撃により米国担当のゴンドラに不具合があり観測を中断し装置を回収した。回収後も装置は健全であること、ゴンドラの不具合原因も特定できていることから、2023年に計画する再フライトによって観測データ取得と成果創出を図る。電磁流体数値シミュレーションによる太陽光球・彩層のモデリング研究では、非局所熱平衡輻射輸送計算コードを使い、SUNRISE気球望遠鏡で観測する可視光・赤外線のスペクトル線とそこで発生する偏光を再現できるようになった。さらに磁気リコネクションや磁気流体波動などの素過程から放射される偏光信号を予測するなど期待どおりの成果が出ており論文を投稿中である。観測される偏光データから太陽大気の磁場・速度場などの物理量を導出するインバージョン手法でも論文出版しており、SUNRISE観測で得られるデータに即座に適用できる準備を整えた。SUNRISE気球観測に先駆けて、ひので衛星等の偏光分光データを解析することでも成果が得られており、以上の理由から順調に研究が進展していると判断した。
SUNRISE気球望遠鏡に搭載する近赤外線偏光分光装置SCIPの開発は完了しており、2022年7月のフライト後回収した装置の性能確認試験と望遠鏡との再アライメント調整を経て、2023年度中にフライトさせる。SUNRISEは、スウェーデンから1週間かけて大西洋上空を飛翔しながら観測しカナダに着陸する。その間、観測データは機上データレコーダに保存され、取得データを回収しその較正まで2023年度内に完了させる。偏光観測用カメラと偏光用機上データ処理の開発成果で論文を出版するとともに、SCIP全体の装置論文を投稿する。またSUNRISE気球観測の今後の発展を海外協力機関と協議する。光球・彩層のモデリング研究では、磁気エネルギーの輸送・散逸に重要な役割を担うと考えられている磁気リコネクションやAlfven波の伝播と非線形モード変換をSUNRISE観測で検証するため、数値シミュレーション結果に非局所熱平衡輻射輸送計算を適用し、SUNRISEで観測する偏光分光信号とその時間変化を予測再現する研究を行っており、SUNRISEで取得するデータとモデリング研究の予測を比較することで、太陽大気において磁気エネルギーの輸送と散逸プロセスを担う磁場速度構造とその時間変化を同定するとともに、そこから輸送量散逸量を定量化する研究を行う。これらの成果を国際会議や査読論文で発表するとともに、SUNRISEフライト観測データを解析し成果創出するためのワークショップを開催する。得られた成果に基づき、太陽・恒星大気における磁気エネルギーの発生、輸送、散逸の一連のプロセスをどこまで明らかにできたかを見極めることで、DKIST等の地上大型望遠鏡と次期太陽観測衛星SOLAR-Cで残る課題を解決する方策を明確にする。
Aini国立天文台の天文博士教室「すがおの太陽を見てみたい」(2022年8月11日)葛飾区郷土と天文の博物館、第113回星の講演会「太陽活動の変化を調べる」(2023年2月4日)
すべて 2023 2022 2021 その他
すべて 国際共同研究 (4件) 雑誌論文 (10件) (うち国際共著 7件、 査読あり 8件、 オープンアクセス 8件) 学会発表 (50件) (うち国際学会 21件、 招待講演 4件) 備考 (2件)
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