研究課題
令和元年度は、文部科学省の量子科学飛躍フラッグシッププログラムと補完的かつ発展的に整合させるために、本研究課題の実施内容を三項目に整理した。それぞれについての研究実績を以下に述べる。(1)Ti:sapphireレーザーで励起された高強度赤外光源の高度化とアト秒軟X線分光:前年度に「水の窓」全域(280~540 eV)をカバーするアト秒軟X線パルスの発生に成功していたが、本実験をさらに進め、アト秒精度の分子ダイナミクスの観測に成功した。ビームラインに関しては、ポンプ・プローブ実験における光路長差を動的に補正する光学系を開発し、タイミングジッターを50アト秒程度まで低減した。また、窒素原子のK吸収端(400 eV)において、一酸化窒素(NO)分子の軟X線過渡吸収分光に成功した。本実験では、位相安定な高強度中赤外パルスをNO分子に照射することにより、トンネルイオン化によるNO分子の階段的なポピュレーション減少とNO+イオンの発生、NO+イオンの分子振動、強レーザー場の印加によるNO分子の分子配列といった階層的な量子ダイナミクスを統一的に計測できることを示した。(2)Yb固体レーザー励起された高繰り返し極短パルス光源の開発とアト秒パルス発生:ワンボックス型Yb固体レーザーを励起源として、繰り返し6 kHzで動作する位相安定な中赤外パルス発生(中心波長3500 nm)に成功した。また、複数の薄板を用いた白色光発生・パルス圧縮実験を行い、6 fsの極短パルスを得た。(3)高強度中赤外光源の開発と固体のアト秒分光:Ti:sapphireレーザーで励起されるKTA結晶を用いた中赤外パラメトリック増幅システムを用いて、中赤外域での薄板を用いたパルス圧縮法を実証した。また、固体を対象とした実験を行い、新規材料における高効率高調波発生やプラズモニックな光電子放出に関して新しい知見を得た。
1: 当初の計画以上に進展している
アト秒軟X線分光に関しては、Ti:sapphireレーザー励起光パラメトリックチャープパルス増幅光源と軟X線アト秒ビームラインがほぼ完成し、定常的な利用が可能となった。その結果、強レーザー場で誘起されるNO分子のアト秒精度での量子ダイナミクスの観測に成功した。本実験は、軟X線過渡吸収分光により多様かつ階層的な量子ダイナミクスを統一的に観測出来ることを示したものであり、大きなマイルストーンとなる成果といえる。また、本実験は、2020年5月の時点において、「アト秒軟X線パルスを用いた過渡吸収分光」に関して世界最高の光子エネルギー領域における実験となった。Yb固体レーザーを励起源とした光源開発に関しては、波長3500 nm帯において出力と位相がきわめて安定な中赤外光パラメトリック増幅光源を構築した。また、パルス幅180 fsから6 fsへのパルス圧縮を実証した。これらの結果は、Yb固体レーザーが次世代極短パルスレーザーの励起光源として極めて有望であることを示しており、今後の光源開発の見通しが明確になった。高強度中赤外光源の開発と固体のアト秒分光に関しては、複数の異なる材料の薄板を用いた新手法により、中赤外域においてサブ2サイクルの時間幅へのパルス圧縮を実現した。また、本光源を用いて固体の強レーザー場下での非線形現象の探索も行い、新規材料における効率的な高次高調波発生、有機強誘電体における強誘電性のサブサイクル応答の観測、回折格子表面からのプラズモニックな光電子放出など、多様な物理現象の観測に成功した。これらの成果は、高強度中赤外光と固体・凝縮系との非線形相互作用というこれまで実現困難な実験において、新規中赤外光源の開発によって多彩な新現象が存在することを示したものであり、新現象の発見など今後の発展が期待出来る。
アト秒軟X線分光に関しては、「水の窓」領域の吸収端を利用した軟X線過渡吸収分光の対象を広げていく。二原子分子を対象とした実証実験から、三原子分子、あるいはより大きな分子や溶液系への展開を図る。そのために、多様なサンプルを扱うための技術開発を進める。光源およびアト秒軟X線ビームラインに関しては、有機分子の励起で重要となる紫外域での励起光源の整備と、軟X線分光器の高分解能化を図り、多様な量子ダイナミクスを観測するためのアップグレードを行う。ワンボックス型Yb固体レーザーを励起源とした光源開発に関しては、10 kHz程度の高繰り返しでのアト秒パルス発生のために、光パラメトリック増幅法に基づく位相安定な極短パルス光源の開発を進める。高強度中赤外光源の開発と固体のアト秒分光に関しては、これまではTi:sapphireレーザー励起の光パラメトリック増幅光源をベースとしていたが、Yb固体レーザー励起の光パラメトリック増幅光源へと移行し、より高い繰り返しでの高精度な実験と、高強度中赤外光と同期した数フェムト秒の極短パルスを用いたサブサイクル分光法の確立を目指す。これにより、強レーザー場で駆動された固体中の電子系について、レーザー場の一サイクル以下の時間スケールで生じるダイナミクスの直接観測を目指す。
すべて 2020 2019 その他
すべて 国際共同研究 (2件) 雑誌論文 (8件) (うち国際共著 2件、 査読あり 8件、 オープンアクセス 4件) 学会発表 (44件) (うち国際学会 15件、 招待講演 10件) 備考 (2件)
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