研究課題/領域番号 |
18H05265
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研究機関 | 国立研究開発法人理化学研究所 |
研究代表者 |
田原 太平 国立研究開発法人理化学研究所, 開拓研究本部, 主任研究員 (60217164)
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研究分担者 |
森田 明弘 東北大学, 理学研究科, 教授 (70252418)
二本柳 聡史 国立研究開発法人理化学研究所, 開拓研究本部, 専任研究員 (30443972)
石山 達也 富山大学, 学術研究部工学系, 准教授 (10421364)
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研究期間 (年度) |
2018-06-11 – 2023-03-31
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キーワード | 界面 / 非線形分光 / 超高速分光 / 分子動力学計算 / 分子科学 |
研究実績の概要 |
3つのサブテーマについて以下を推進した。 1.液体界面の超高速振動ダイナミクスの解明:赤外励起時間分解HD-VSFG分光法を用い、空気側に突き出したOH(フリーOH)の振動緩和(T1)時間が、従来法による誤った結果と異なり、同位体希釈しても全く変わらないことが分かった。これはフリーOHの振動緩和が、OH基自体の回転で主として誘起されていることを示唆する。対応する第一原理分子動力学計算を行い、回転の寄与を含むフリーOH基の振動緩和を理論的に計算することに成功した。 2.液体界面構造と界面分子の反応性の解明:紫外励起HD-VSFG分光法によって空気/水界面のフェノール分子の光化学反応ダイナミクスの時間分解観測に成功し、水溶液中に比べて反応が1万倍以上速く進むことを発見した。これは、液体界面の化学反応は水溶液中と大きく異なることを始めて明示的に示した画期的な成果である。 3.埋もれた界面への展開と現実界面の基礎分子過程の解明:昨年度導入した高繰り返しフェムト秒Yb:KGW再生増幅器を光源とするHD-VSFG 測定装置を用いて、広いpH範囲でのシリカ/水界面のHD-VSFG測定を開始した。さらに、シリカ基板にアクリル系高分子膜をスピンコートしてHD-VSFG測定を行い、高分子膜/水の界面の構造を明らかにするとともに、白金電極/アセトニトリル溶液界面のアニオン依存性について検討した。また理論によって強い屈折率分散を伴う振動モードの解析を行い、フレネル係数の分散の効果を考慮したスペクトル解析法を提唱した。 その他、論争となっていた水の変角振動のVSFG信号の発生機構について、帯電単分子膜/水界面で荷電の符号を変えてHD-VSFG実験を行い、これが主として四重極機構によることを確定させた。また、VSFGスペクトルに含まれる双極子成分と四重極成分を評価する汎用的な計算手法を開発した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
紫外励起HD-VSFG分光法のよる水表面のフェノール光化学反応の研究で、界面の反応が水溶液中に比べて1万倍以上速く進行するという大変驚くべきことが分かった。これまで間接的なデータによって水界面の反応は水中の反応と異なると類推されていたが、我々の研究はこれを初めて直接的に示した。この研究の論文は、化学分野のプレミアジャーナルであるNature Chemistry誌に掲載されただけでなく、表紙に取り上げられ、さらに掲載号には我々の研究に関する解説記事も掲載されるなど、極めて大きい反響があった。また、赤外励起時間分解HD-VSFG分光によるフリーOHの振動緩和(T1)時間の研究は、従来法による時間分解VSFG測定の根源的な問題を明らかにし、それを用いて観測されたT1時間の同位体効果がアーテイファクトによるものであることを明らかにした。正しく決められたT1時間は同位体効果を示さず、フリーOHの振動緩和にはOH基の拡散的回転運動が大きく寄与しているという、信じられていた機構とは全く異なる描像を与えて、従来の理解を根底から覆した。この研究に関する研究論文は、全科学分野のプレミアジャーナルであるNature Communicationに掲載されたが、これによって界面ダイナミクスを正しく測定するためにはHD-VSFG法が必須であることが改めて示された。また、埋もれた界面については本研究以前には全く例のなかった高分子薄膜/水界面のHD-VSFG測定に成功して論文した。さらに水の変角振動の振動和周波発生機構というVSFG分光法自体の根源に関わる問題に対する決定的な結果を得て、論文発表できた。実験と理論の協奏という観点でも、実験で検討したフリーOHの振動緩和について第一原理分子動力学計算で議論して論文発表しただけでなく、水表面における余剰プロトンの構造の共同研究が進んでおり、大きく進展した。
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今後の研究の推進方策 |
以下の研究を進める。 1.液体界面の超高速振動ダイナミクスの解明:干渉型2D HD-VSFG装置を開発して空気/水界面の二次元スペクトル測定を開始したところ、水表面での実効的ポンプ光エネルギーが干渉によって変調し、その影響が2Dスペクトルに現われることが分かった。測定条件を最適化しこれを解決し、純水(H2O)表面の二次元振動スペクトル測定を行う。また、昨年度論文発表した水表面のフリーOH基の振動緩和の研究に続き、水界面の水素結合OH基の振動緩和を解明する。 2.液体界面構造と界面分子の反応性の解明:水界面のプロトン(H+)を実験と理論の両面から研究する。実験ではH+濃度を変えながら測定を行い、得られるHD-VSFGスペクトルの成分分解を行う。理論では分子動力学計算でZundel構造とEigen構造の存在を解析して実験と比較する。さらに将来実現の可能性がある水表面H+の2D HD-VSFG測定を第一原理分子動力学計算でシミュレートし、研究指針を得る。また、本研究で水溶液中と大きく違う速度で進むことが判明した空気/水界面のフェノールの光反応に関して、その光反応機構と溶媒効果を理論的に明らかにする。 3.埋もれた界面への展開と現実界面の基礎分子過程の解明:埋もれた界面の為に開発したHD-VSFG装置を活用して研究を推進する。酸化物/水界面については、pHを広い範囲で変化させてシリカ界面の表面電荷を変えながらスペクトル測定を行い、電気二重層の構造変化を明らかにする。電極/溶液界面では、白金/アセトニトリル溶液界面の電解液の反応性と電解質濃度の関係を調べる。また理論的に電極界面における電位掃引や溶媒和構造の変化に伴う差スペクトルの計算を行い、実験で観測される特徴から界面構造に対する微視的な知見を得る。さらに接着現象の理解を目指し、ガラス等固体と接着剤(樹脂)との固/固界面の実験に挑む。
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