研究課題
これまで精子幹細胞の老化は環境が原因で起こると考えらえていた。この根拠になっていたのは精子幹細胞の継代移植実験である。通常であれば老化マウスにおいては2年程度で精子形成が低下し、精子幹細胞の数が減少することが知られていた。ところが、精子幹細胞を生後5-10日齢の幼若な精巣をホストとして継代移植を繰り返すと3年以上の期間でも幹細胞の増殖が継続する。このことから、老化した環境に暴露され続けると精子幹細胞の生存が悪くなり精子形成の減弱が起こってくると考えられていた (Stem Cells 2006;24:1505)。しかしながら、我々は精子幹細胞自体は培養環境において持続的に5年以上にわたり分裂し続けることが分かった。さらにテロメアの長さも減少することから、精子幹細胞自体においても細胞の分裂回数を感知していることが明らかになった。培養細胞で観察された精子幹細胞の表現型(解糖系の亢進やROSの低下)は老化個体にある精子幹細胞においても確認されたことから、従来の考えとは異なり、精子幹細胞自体においても老化が起こっていることを示唆する。今回の我々の研究成果は精子幹細胞の内因性の老化機構を初めて明らかにしたものであり、従来のドグマを覆すものである。また老化した体細胞で発現が低下していたCldn11の機能解析についても論文を発表した。Cldn11分子は血液精巣関門を構成する重要な分子である。Cldn11欠損マウスは精子形成が途中で中断しており、先天的に不妊となることが知られている。老化と共にCldn11の発現が減弱するものであることから、Cldn11欠損マウスを用いて移植実験を行ったところ、右の精巣細胞を左の精巣へと移植すると精子まで分化することができることを見出した。こうして得られた精子を用いて子孫を得ることも出来た。
2: おおむね順調に進展している
当初予定していたテロメア維持機構の解明についての最初の論文を報告することが出来た (PNAS 2019;116:16404)。またDNA修復・ROS耐性機構については、ROSがどのようにしてGS細胞の増殖を刺激しているかについて明らかにすることが出来た(Life Sci Alliance 2019;2:2)。さらに、精巣体細胞からの老化促進シグナルの解析で見出したCldn11遺伝子の発現低下から、先天性不妊マウスにおける自己幹細胞移植による不妊症の治療についての論文を発表することができた(PNAS in press)。
今後は以下の3つの計画に継続して取り組む。1)テロメア維持については、これまでに同定したGS細胞におけるテロメア結合タンパク質が複数あることから、これらの分子の同定を試みる。うまく同定できた場合には遺伝子編集法を利用して、それぞれの候補分子の機能を決定する。2)DNA修復・ROS耐性機構については、過去に同定したROS産生が減少しているNox1遺伝子の欠損マウスの解析を継続して行う。このマウスのGS細胞を樹立し、Nox1遺伝子由来のROSが低下した時のGS細胞の自己複製に与える影響を調べると共に、Nox1遺伝子以外に存在するミトコンドリア由来のROSの影響についても解析する。3)精巣体細胞からの老化シグナルの同定については、予定通り、現在までに2歳を超えたマウス、ラットおよび16 歳のマーモセット個体より精巣を回収し、その遺伝子発現解析を行なった。その結果、いくつかの候補遺伝子を得た。これらの遺伝子の機能を解析する為に、遺伝子改変の容易であるマウスを用いる予定である。なお、この実験では昨年度報告したセンダイウイルスの膜タンパク質を発現するレンチウイルスの実験系の有効性を確認する。
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