本研究では有機半導体単結晶が有する室温におけるロバストなスピン伝導に着目し、有機スピントランジスタの実現に向けて、ノンローカルスピンバルブ構造を用いた有機半導体単結晶におけるスピン流の検出とSOCとスピン緩和現象の詳細な理解を目的とした。本年度では、有機半導体を用いたラテラルノンローカルスピンバルブの作製技術の確立を目指し、化学ドープによる有機半導体のける高密度キャリア注入に成功した。また、電子スピン共鳴(ESR)スペクトルに対するDFT計算を用いた詳細な解析から、本研究で用いた有機半導体であるC10-DNBDT-NWにおいて、水素原子由来の超微細相互作用の影響を受けづらくスピン軌道相互作用の寄与を受けやすい分子構造であることが明らかになった。 有機半導体に対して強磁性電極から効率よくスピン注入を行うためには、有機半導体の電気抵抗を低下させることが必要である。そこで本研究では有機半導体単結晶に対して、新手法のニトロソニウムイオンによる化学ドーピングを行った。注入されたスピン数はESRにより測定し、電界効果によって注入される電荷数の10倍に及ぶキャリアを注入することに成功した。また、ESRによりスピン磁化率の温度依存性を測定すると、低温でパウリ常磁性的な温度依存性が測定され、有機半導体高キャリア密度下で縮退半導体として振る舞うことを初めて観測した。 20 K以下において蒸着膜半導体のESR測定を行うと、ガウス関数型のスペクトルが得られ、蒸着膜ではキャリアが格子欠陥にトラップされ20分子程度の範囲に弱く局在していることが分かった。単結晶では4 Kまでローレンツ関数型のピークが得られていることから、より非局在な状態にあり、超微細相互作用の影響を受けづらいことが分かった。
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