本研究の目的は塩性湿地の自然度が高い九州を対象に,種多様性の健全性評価手法を確立させ,効果的な保全・再生技術を構築することである.特に,広域研究として,塩性湿地生態系の劣化状況とその要因を推定する.さらに狭域研究として,塩性湿地性生物の生息する微環境構造の把握を行う. これまで集積してきた九州地方の158河川の甲殻類(カニ類),および魚類(ハゼ類)の分布情報を使用して,保全重要河川の特定を試みた.結果,主に塩性湿地に生息するカニ類の保全重要地は,人工施設の面積割合が小さく,結果として河口部の改変が軽微な場所であった.つまり,流域の土地利用から塩性湿地の健全性を評価できる可能性が示唆された. 狭域研究では,先の広域研究から保全重要度が特に高かった熊本県球磨川河口域において,2018年と2019年に集積したデータを用いて塩性湿地を生息場とする15種の魚類,甲殻類,巻貝類について,塩分,潮位高,および泥分含有率を使用して生息適地モデルを構築した.結果,すべての種で良好な精度のモデルを構築することができた.特に,すべてのモデルにおいて潮位高が選定されており,地盤の高さが底生生物の生息を左右することを再認識する結果が得られた.さらに,対象地の潮位高を既往知見に基づき,ヨシの生育下限以下の潮位高,生育下限から生育最適地の潮位高,生育適地から生育上限の潮位高,計3タイプに区分し,各種の生息適性の高いタイプを評価した.結果,それぞれ順に4種,6種,および5種であった.この結果から,特定の地盤帯のみの造成では効率よく種多様性を再生できない可能性が示唆された.つまり,種多様性が高い(健全な)塩性湿地を造成する場合,全てのタイプに属する種の生息場を確保するために,様々な地盤の高さを設定することが望ましいと考えられる.
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