研究課題/領域番号 |
18J00369
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
法貴 遊 東京大学, 人文社会系研究科, 特別研究員(PD)
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研究期間 (年度) |
2018-04-25 – 2021-03-31
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キーワード | カイロ・ゲニザ文書 / アラビア医学 / アラビア科学 / マイモニデス / イブン・スィーナー / カラームの学 |
研究実績の概要 |
まず論文「カイロ・ゲニザ文書に見られる非自然要素の調整とマイモニデスの医学思想」(『科学史研究』286, 84-99)では、先行研究では一切論じられていなかった非自然要素の調整(つまり養生法)の実態を明らかにした。中世アラビア医学において医者は、特定の時点における患者の気質を改善するだけではなく、長期的に患者の振る舞いを導き、倫理的に訓育することも求められた。本論文ではマイモニデスの医学文献やラビ文献も参照して、この医療実践の宗教的意義も論じた。 論文「カイロ・ゲニザの医学書写本T-S K14.42について」(『西南アジア研究』88, 50-68)では、先行研究では十分に論じられていない写本T-S K14.42を用いて、前近代カイロにおける医学思想の発展について論じた。この写本では主に熱病について論じられているが、この主題に関連して、下剤に含まれると考えられた吸引作用の本性や人間のプネウマなどの自然学的対象も論じられている。本論文では、イブン・ルシュドを経由した自然学の新理論と、イブン・スィーナーの医学理論が融合することで、新たな医学理論が生成したことについて論じた。 上述のゲニザ文書の研究と並行して、古典アラビア語文法学と論理学の研究も進めている。人間と薬品との間で作用する因果関係を記述する場合、ここで把握される因果関係は古典アラビア語の文法構造から何らかの影響を受けていると考えられる。そこで、口頭発表「古典期カラームの言語分析とイブン・スィーナーの論理学」(ギリシア・アラビア・ラテン哲学会第2回研究発表会,早稲田大学)で、古典アラビア語文法学とその影響を強く受けた古典期カラームという学問が、イブン・スィーナーの論理学に影響を与えたという事実を明らかにし、この論理学がアラビア医学という部門にどのように応用されたのかを示した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
カイロ・ゲニザ文書の残存数は膨大であるが、医学関係の文書は1,500程度であり、これら全てに目を通すことは可能である。当該年度において、計画していたよりも早く全ての文書に目を通すことができた。これによって、カイロ・ゲニザの医学関連文書を用いて研究可能なテーマと、不可能なテーマの区別をつけることができた。
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今後の研究の推進方策 |
現在、カイロ・ゲニザから発見された医学関連の書簡についての論文を執筆中である。この中で、中世カイロにおける医学実践とその実践を根拠づける医学理論について、豊富な具体的な事例を挙げつつ明らかにするつもりである。また、カイロ・ゲニザの医学書写本の特定という作業を、イスラエルやイギリスの研究者とともに進める。この作業の中で、現時点で未発見の医学書が発見できれば、それについて論文で紹介する。「現在までの進捗状況」でも述べた通り、研究は計画以上に進展している。そのため、当初の計画の発展として、古典アラビア語文法学とそれの影響を受けた古典期カラームの研究を並行して進める。カイロ・ゲニザの医学関連文書の研究と、古典期カラームの研究は、一見したところ無関係のように思える。しかし、カイロ・ゲニザからはカラームの学に関する多くの未発見の写本が発見されており、この学問が医学・自然学における因果関係の記述に影響を及ぼした可能性については「研究実績の概要」で述べた。今後は、この2つの対象を並行して研究することで、より広い視点からイスラームとユダヤの間、もしくはアラビア語とヘブライ語の間における学問交流の実態を明らかにすることができる。
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