本研究は19世紀フランスの詩人ステファヌ・マラルメにおける非個人性の探求と演劇に対する関心の結びつきを、近代における神話の再創造・再提示という高次の問題意識のあらわれとして捉え、マラルメの詩的実践の諸相と意義を明らかにすること目的としている。本年度は昨年度に引き続き神話や伝承を題材とするするマラルメの詩篇を分析対象に据えるとともに、19世紀当時の比較神話学とマラルメの神話観が切り結ぶ『古代の神々』(1879年)も調査対象に加えた。『古代の神々』は比較神話学者マックス・ミュラーの学説をイギリスで一般向けに紹介したジョージ・ウィリアム・コックスの著作をマラルメがフランス語訳したものである。翻訳と言っても『古代の神々』はマラルメによる翻案やテクストの挿入を含んでおり、マラルメの神話観と詩の関係を探る貴重な資料となっている。これらの一次資料と周辺的なテクスト、19世紀当時の資料の調査・分析から以下の二つの成果が得られた。 一つは『半獣神の午後』(1876年)にかんするものである。この作品の生成過程と決定稿、若書きの頃からの半獣神のテーマの変遷、『古代の神々』の加筆修正の分析を通して、マラルメにおける神話的舞台の解体と再創造の様態を示すことができた。 もう一つ明らかにできたと考えるのが、『エロディアード』詩群の未完のプロローグ「古序曲」における呪術的予言のディスクールとその担い手である乳母、そして室内装飾のタペストリーの関係である。これはマラルメがいかに新たな文体を獲得したかを示すとともに、マラルメが批評「『マクベス』の魔女たちの贋の登場」で示した魔女の登場をめぐる舞台演出上の関心に通じるものと考えられた。聖書の伝承をもとにした詩篇の文体と詩人自身の舞台演出上の関心のつながりについて、その一端を垣間見ることができた。今後探るべき道筋が見えた点に本成果の意義があると思われる。
|