研究課題/領域番号 |
18J00579
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
松本 徹 九州大学, 基幹教育院, 特別研究員(PD)
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研究期間 (年度) |
2018-04-25 – 2021-03-31
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キーワード | イトカワ / レゴリス / 宇宙風化 / 金属鉄 |
研究実績の概要 |
太陽系天体のうち大気をもたない小惑星表面では、硫化鉄鉱物から硫黄が選択的に失われていることがNASAの探査から明らかになった。小惑星における硫化鉄の存在や形態、その量は、小惑星の内部で進行した水熱変成や内部物質の分化と関連した重要な情報である。硫黄の量が時間的に変化することは、小惑星物質の元々の化学組成をリモートセンシングから観測ことを難しくさせる。宇宙空間に暴露された固体物質の化学・物理的な変化は一般に宇宙風化と定義されている。宇宙風化の主な原因は、太陽から飛来する電荷を帯びた粒子(太陽風)の照射や、微小隕石の衝突であると推定されている。宇宙風化は大気のない天体表面の物質を変化させる一方で、小惑星表面の年代や進化を知る手がかりにもなる。本研究では、探査機はやぶさが小惑星イトカワから回収された微粒子に着目して、硫黄に関連した宇宙風化作用を解明することを目的としている。イトカワ粒子には硫化鉄がわずかながら発見されている。イトカワ表面で、宇宙空間に長期にわたって曝された硫化鉄表面の微細な組織を観察することで、硫黄の消失プロセスの有無やそのメカニズムを解明することを目指した。微細な組織を観察するために、本研究では走査型電子顕微鏡と透過型電子顕微鏡を使用した。観察の結果、宇宙空間に曝された硫化鉄の表面には金属鉄のひげ結晶が成長していることを見出した。ひげ結晶は最大で3マイクロメートル程度の長さをもち、硫化鉄表面の広い範囲を覆っていた。またひげ結晶が成長している硫化鉄表面は、太陽風の貫入深さ程度(50nm)までスポンジ状に変化しており一部では硫黄が少なかった。イトカワ粒子の金属鉄のひげ結晶は、硫黄が固体から失われて過剰になった鉄原子を材料にして成長したと推測した。この研究から、太陽風によって硫化鉄が変質して硫黄が消失する現象を示し、その詳しい変化を明らかにすることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
イトカワ粒子の硫化鉄の表面に見つかったひげ結晶(ウィスカ)の微細な構造を理解するために透過型電子顕微鏡観察を行なった。その結果、ひげ状の結晶は金属鉄の多結晶で構成されることが明らかとなった。また硫化鉄表面には泡が多数発達しており、表面直下の結晶構造は歪んでいた。泡や結晶の歪みは太陽風を構成する荷電粒子の貫入による格子原子の弾き出しが原因であると考えらえる。また、一部の表面では、太陽風の貫入の深さ程度まで硫黄の量が減少していた。こうした観察と先行するイオン照射実験の研究との比較から、硫黄が減少するプロセスは主に太陽風によって駆動されると推定した。さらに、ひげ結晶は硫化鉄から硫黄が失われたことで形成したというモデルを考えた。本研究の主要な目標は大気のない小惑星表面における硫黄の消失過程の有無を知ること、そしてそのメカニズムを明らかにすることであり、本年度の研究で硫化鉄が変化することで硫黄の消失が起きていること、それに伴うひげ結晶の形成について、硫化鉄の表面から成長が起こるというモデルを構築することができた。また、こうした本研究の成果を論文としてまとめ、国際雑誌Nature Communicationsへの掲載にいたることができた。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究から、ひげ結晶の形成メカニズムをイトカワ粒子の観察から推定することができた。また、太陽風が照射される宇宙環境を模擬した水素・ヘリウムイオンの照射実験から硫化鉄の変化の再現実験を行っている。実験ではひげ結晶の再現には至らなかったが、硫化鉄表面の泡や結晶構造の再現に成功した。実験条件を変えた追加実験を行なったのちに、こうした成果を論文としてまとめる。また、異なる天体から回収されたレゴリス粒子を調べ、宇宙空間に曝された硫化鉄の変化が様々な表面環境で共通のプロセスであるかどうか、また違いを明らかにすることは重要である。この目的のために現在我々が手にできる地球外試料はイトカワ粒子そしてアポロ計画・ルナ計画で採取された月面のレゴリス試料である。これまで行なってきたイトカワ粒子の観察の発展的な研究として、アポロ計画で回収された月面の粒子を調べて、太陽風や微小隕石の衝突に曝された硫化鉄表面の変化を、イトカワ粒子と同様の手法を用いて調べることを計画している。
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