研究課題
平成30年度は、以下の研究を実施した。(1) HP1の完全欠損における細胞分裂異常の解析(2)細胞周期進行に関わるタンパク質群とHP1の相互作用解析クロマチンの構造は、ヒストンの修飾や、それに結合するタンパク質などによって制御される。heterochromatin protein 1 (HP1)は、ヒストンH3の9番目リジンのトリメチル化(H3K9me3)に結合し、クロマチンの凝集に関わるタンパク質である。これまでの研究から、HP1は正常な細胞分裂の進行に必要な因子であると考えられてきたが、その具体的な役割はあまり明らかにされていない。そこで今回の研究は、細胞分裂におけるHP1の役割の解明を目的とした。「HP1はクロマチンの高次構造を制御し、細胞分裂時に染色体の整列や分離を正常に保つ」ことを仮説とし、HP1の完全欠損細胞(TKO細胞)の表現型を調べた。その結果、HP1 TKO細胞は、染色体数のばらつきがみられた。また、細胞分裂時において、染色体の整列異常や、分離の遅延など多くの異常がみられた。コヒーシンやAurora kinase Bといった細胞分裂に必要なHP1結合タンパク質が、HP1の欠損とともに減少することが明らかとなった。また、H3K9me3は、セントロメア近辺(ペリセントロメアと呼ばれる部位)に多く観察され、HP1TKO細胞では、この領域のH3K9me3がみられないことも明らかになった。以上のことから、HP1は、(1)コヒーシンやAurora kinase Bを伴ってクロマチンに結合する、(2)染色体を凝集させ、構造を安定にする、ことにより、細胞分裂を正常に進行させることが考えられた。
2: おおむね順調に進展している
本研究の最終目標は、ES細胞における染色体の安定性はどのように保たれ続けるかを明らかにすることである。そのために、細胞分裂に必須なタンパク質であるHP1に着目し、そのホモログ全てを完全欠損させたES細胞を作製した。今年度の研究から、HP1の完全欠損細胞は、細胞分裂に重篤な影響を及ぼすことで、細胞死を引き起こすことが明らかになった。加えて、HP1は細胞分裂の進行に関わるタンパク質と結合することで、それらのタンパク質を安定化することが明らかになった。これらの結果は、本研究を前進させるものであり、おおむね順調に進展していると評価できる。
今年度の研究結果から、HP1は、コヒーシンやAurora kinase Aといった細胞周期の進行に必須なタンパク質と結合し、それらタンパク質を安定化すると考えられた。そこで次年度以降は、HP1が何をすることで、細胞周期が正常に進行するのか、その具体的なメカニズムの解明を試みる。具体的には、(1)HP1によって安定化される細胞周期調節タンパク質の網羅的同定、(2) それらタンパク質に対するHP1の作用の解明、を目指す。(1)HP1を誘導的に完全欠損できるES細胞を用いて、HP1欠損前後でタンパク質の量が変化する核内タンパク質を、質量分析により同定する。同定されたタンパク質に対するgRNAを設計し、CRISPR/Cas9システムを一過的に発現させ、knock-outしたときの表現型を調べる。そのなかで、細胞分裂の進行に影響がみられるタンパク質を次の解析の候補とする。(2)1で得られた候補の発現ベクターおよび抗体を用意する。HP1欠損後の、それら候補タンパク質の挙動を調べる。シクロヘキシミドやMG132などのタンパク質合成阻害剤や、分解阻害剤を用いて、HP1はどのレベルでそれらタンパク質を安定化するかを明らかにする。得られた候補タンパク質がクロマチン結合タンパク質であった場合、ChIP-seq法を用いて、クロマチンのどの領域に結合するか、 HP1と同じ領域に存在するかを調べる。以上のことから、HP1は他のタンパク質とどのように相互作用することで、細胞分裂の正常な進行に関わるのかを明らかにする。
すべて 2018
すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件、 オープンアクセス 1件)
Stem Cell Rep
巻: 10 ページ: 1340-1354
10.1016/j.stemcr.2018.02.002