近年の1細胞解析技術の進展により、同じ遺伝情報を持つ細菌集団においても、個々の細胞が示す機能や特性に大きな違いが生まれることが明らかとなり、こうした表現型のばらつきが細菌の環境適応に重要な役割を果たすことが明らかとなっている。一方で、遺伝的変異に依らない性質の違いが生み出されるプロセスや、それらがどの程度の期間安定的に保持されうるのかについては今なお理解が不足している。私は、細菌1細胞ごとの生理状態のばらつきを長期間にわたって観察可能な計測システムを構築し、表現型ばらつきの発展プロセスの理解を目指してきた。特に本研究では、飢餓状態におかれた大腸菌クローン細菌集団をモデルとし、富栄養環境への移行に伴い速やかに再増殖を開始する一部の小集団の出現プロセスの解明を進めてきた。 採用第三年度目では、細胞ごとの成長特性の違いが世代や時間を越えて安定して受け継がれているのか、細胞ごとの成長速度のばらつき増大にどのような生化学反応プロセスが関わっているのかの二点の解明に取り組んできた。初めに、細胞ごとの成長特性が飢餓条件下でどれだけ安定して保持されるかを調べたところ、同一祖先細胞から派生した細胞間であっても、世代を経るごとに異なる成長特性を示す傾向にあることが明らかとなった。また、同一の細胞であっても数日間に及ぶ長期間のタイムスパンで見た場合には、飢餓環境中での成長速度は大きく変化しやすい傾向にあることも明らかとなった。続いて、成長速度のばらつきと関わりのある生体反応として、細胞内貯蔵物質を分解する代謝経路に着目し、それらの一部を欠損させた大腸菌を使って個々の細胞の成長速度を解析したところ、代謝経路の一部を欠損させると、成長速度におけるばらつきが極めて小さくなることが明らかとなり、成長特性におけるばらつきと関わりのある生理機能についても明らかにすることができた。
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