本研究では、脊椎動物における認知能力の進化的要因について解明するために、魚類を対象とした実験的アプローチを用いることを目的とした。 魚類はこれまで動物心理学分野ではあまり研究対象としては用いられてこなかった。その理由としては、大脳新皮質のような構造がないことや、原始的な脊椎動物であるということが理由として挙げられる。しかし近年の神経生理学分野における研究により、社会的意思決定に関する神経ネットワークは脊椎動物を通して相同であることが示唆された。そこで、魚類にも哺乳類や鳥類で報告されているような認知能力を有しているのかをまず研究することにした。 私は推移的推論という認知能力に注目した。推移的推論とは「A<BかつB<Cという関係が与えられれば、A<Cという関係を導ける」というものである。かつてはヒトの推論能力の試金石であると考えられていたが、2000年以降ではいくつかの哺乳類や鳥類で報告されている。そこで私は、掃除魚として知られているホンソメワケベラ(Labroides dimidiatus)を対象に実験をおこなった。検証には社会的刺激ではなく、哺乳類や鳥類で用いられた方法を採用した。その結果、実験をおこなった4個体すべてで推移的推論を用いて意思決定できたことが明らかとなった。 また推移的推論だけではなく、闘魚として有名なベタ(Betta splendens)が2つの情報が対立するときには私たちのように悩むような行動をすることも明らかとなりました。これらの研究は、魚類においても高度な認知能力をもつものがいることを示唆しており、今後の動物心理学分野における研究にも重要な影響を与えることが期待される。 今後はこれらの研究を基盤として種間比較をおこなっていくことが重要である。
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