研究課題
本研究の目的は、太古の火星の脱ガスと環境進化を解明することである。地球や火星などの惑星の表層環境は、内部からの脱ガスと表層での散逸のバランスに大きく依存する。火星史を論じる上で、この脱ガスプロセスの理解は不可欠だが、初期火星の地質記録はほとんど残されておらず、解明が難しい。本研究では、火星由来の岩石試料(火星隕石)の地球化学分析に基づき、[A]火星の初期含水量と、[B]後の主要な火成活動における脱ガス量、を定量的に制約することを目的とする。[A]に関して、火星隕石の一部は40億年以前に形成しており、初期火星の手がかりとなる情報を提供する。報告者は、太古の火星隕石がもつ揮発性元素(水素や窒素など)の記録に着目し、局所同位体分析 & 化学種解析を行っている。隕石の揮発性元素研究においては、(i)母天体での熱/水/衝撃変成による二次的影響を適切に評価すること、(ii)実験プロセスでの地球由来の汚染を避ける(十分に低減する)ことが重要である。2018年度、報告者は2種類の太古の火星隕石を対象に、詳細な岩石鉱物記載を行い、(i)隕石が火星で受けた二次変成を評価した。さらに、分析試料の準備法を、従来の有機系樹脂を用いた手法から、新たにメタルテープを用いた手法に改良したことで、(ii)実験プロセスでの汚染を低減することに成功した。これまでの実験で得られた予備的データは、40億年以前の火星表層が、現在とは大幅に異なり湿潤/還元的であったことを示唆している。一連の研究成果は、2019年度前半に行う追加実験と合わせ、2019年度中に査読付き論文として国際学術誌へ報告する予定である。[B]に関して、主要な火成活動期を探るには[A]と異なるアプローチが必要となる。報告者は、隕石と火星探査データを利用/比較する研究計画を海外の研究協力機関と画策中で、来年度以降に大きな発展が見込まれる。
2: おおむね順調に進展している
2018年度中に、上記[A]火星の初期含水量の推定に関しては、2種類の火星隕石を用いた予備実験が完了している。具体的には、45-40億年前に形成した太古の火星隕石を対象に、詳細な岩石鉱物記載を行い、火星上での隕石の形成/変成プロセスを評価した。さらに、同位体分析と化学種解析に伴う試料準備法を従来法から改良することで、実験プロセスでの地球物質の混入を低減することに成功し、火星由来の揮発性物質の情報を得ることに成功した。これまでの予備実験データから、「湿潤かつ還元的な太古の火星の姿」が示唆される。これは、現在の乾燥寒冷かつ酸化的な火星表層とは大幅に異なり、かつての火星が環境大変遷を経験した可能性を提示する重要なデータと考えられる。本研究成果は、2019年度に行う追加実験と合わせ、2019年度中に査読付き国際学術論文として投稿する予定である。ただし、正確な同位体分析には同位体組成が均質かつ既知の標準鉱物試料が必要だが、2018年度は新たな鉱物種の同位体分析に取り組んだため、適切な標準試料が得られていない。次年度の課題として、適切な標準鉱物試料の選定と正確な同位体分析が求められる。一方、[B]主要な火成活動期の脱ガス史の解明に関しては、2018年度に具体的な進捗が得られなかった。火星の主要な火成活動期(40億年-20億年前)を記録する火星隕石は現状見つかっておらず、[A]と異なるアプローチが必要とされる。これは、隕石の地球化学情報と惑星探査データの適切な利用/比較により達成できると期待され、報告者は海外の研究協力機関と具体的な実験計画を相談中で、次年度前半に予備実験を行うことが決定している。
残りの研究期間(約2年間)で、上記[A][B]から太古の火星の脱ガス史と環境進化プロセスを定量的に描くことが求められる。そのために、2019年度中には各研究課題について一定の成果を得て、それぞれ原著論文として投稿できることが望ましい。2019年度、[A]に関しては、局所同位体分析と局所化学種解析の追加実験を行う。さらに適切な標準鉱物試料の選定/作成を行い、正確な同位体分析を可能にすることで、「40億年以前の初期火星における揮発性元素の存在度と動態」について定量的かつ信頼性の高い化学分析データを取得する。一連の実験結果を踏まえ、2019年度中に初期火星の表層環境についての筆頭論文を査読付き国際学術誌に報告する。また、国際会議等で成果を世界に発信することに務める。[B]に関しては、隕石の分析のみでの達成は難しい。一方、JAXAが計画中の火星衛星サンプルリターン計画 (MMX) が実現すれば、この時代の火星史記録が将来得られると期待される。将来の実試料分析に備え、現時点で火星衛星の鉱物組成/化学種/同位体組成などを定量的に予測し、火星史を正しく復元する為の解読スキームを確立することが重要である。報告者は、海外の研究協力機関と関連する研究を計画中で、2019年度前半に着手する。年度内に一定の成果を得て、主要な火成活動期の火星環境についての筆頭論文を国際学術誌に投稿することを目指す。最終年度は、2018、2019年度の成果を受けて、火星の初期から現在に至るまでの脱ガスと、それに応じた表層環境進化を議論する。惑星探査データや従来の知見も踏まえ、火星の脱ガス進化モデルを提案し、査読付き筆頭論文として国際学術誌にて報告する。
すべて 2019 2018 その他
すべて 国際共同研究 (2件) 雑誌論文 (3件) (うち国際共著 2件、 査読あり 3件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (1件) (うち国際学会 1件)
Nature Astronomy
巻: - ページ: -
Geochemical Journal
巻: 52 ページ: 457-466
https://doi.org/10.2343/geochemj.2.0534
日本惑星科学会誌 遊星人
巻: 27 ページ: 180-188
https://doi.org/10.14909/yuseijin.27.3_180