研究課題/領域番号 |
18J02251
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研究機関 | 横浜市立大学 |
研究代表者 |
大西 由之佑 横浜市立大学, 木原生物学研究所 植物エピゲノム科学部門, 特別研究員(PD)
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研究期間 (年度) |
2018-04-25 – 2021-03-31
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キーワード | 被子植物 / 開花 / 受精 / 老化 / イネ |
研究実績の概要 |
受精よる誕生を経たのち、その次世代の植物は母体側の積極的な栄養投資を受けながら種子形成を完遂する。この母体側の栄養投資は花の開花(受精)を皮切りに開始され、母体では成長維持から次世代支援への生活環の移行が引き起こされる。タケ類やリュウゼツラン、一年生草本の多くは、この生活環の移行によって、母体の老化が誘導され、次世代への栄養投資ののちに枯死することが知られている。開花と老化の連動は、古くからそれをもたらす分子メカニズムの存在が示唆されていたが、この母子間での受精認識機構と種子形成に向けた物質転流開始誘導シグナルの正体は、未だ明らかにされていない。 この理解の遅れの要因として、分子生物学的アプローチに広く用いられるモデル植物のシロイヌナズナを用いた検証が行えない、または、困難であることが挙げられる。シロイヌナズナにおける老化現象は、その種特異的な加齢的要因に制御されることが示されており、この種が受精と老化の関連性を検証するのに適切でないことが示唆されている。しかし一方、他の植物では一定環境下での長期栽培が困難であり、これら要因が被子植物における受精と老化の分子メカニズムの解明を妨げていた。 そこで報告者は、この被子植物における受精と老化の関係性とそれをもたらす分子メカニズムの詳細を明らかにするため、近年遺伝学的解析ツールが整備され、人工気象機内での一定環境下、高速栽培が可能なイネを用い、この解明に取り組んだ。報告者はこの研究課題において、まず、一定環境条件下で栽培したイネにおける葉の退行を指標とし、受精と老化の関係性を調査するとともにその評価系の確立を行った。その後は、不稔形質変異体を用いた老化進行の評価を行うことで、老化に関与する生殖プロセス及び組織の特定を行い、それにより特定された生殖プロセスおよび組織の特異性を元に生殖組織側からのシグナル分子の同定を行う予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本年度、採用第1年度目(平成30年度)では、まず、イネの老化様式を理解するために、人工気象機内(RTC-2000、ハイトカルチャ)で栽培したイネの形質(11項、草丈(cm/week)、展葉数(n/week)、出穂日(days)、開花日(days)、花数(n)、種子数(n)、地上部乾燥重量(g)、地下部乾燥重量(g)、総種子重量(g)、代表10粒種子重量(g)、代表10粒胚乳重量(g))および老化の進行度(老化止葉(SPAD/week)、老化-1葉(SPAD/week)、老化-2葉(SPAD/week))を葉緑素計(SPAD-502Plus、コニカミノルタ)で計測した。さらに、それら計測した値から20項の評価項目(最大草丈(cm)、伸張停止時間(week)、伸張速度(cm/days)、展葉数(n/week)、出穂日(days)、開花日(days)、花数(n)、種子数(n)、稔実率(%)、老化速度止葉(SPAD/days)、老化速度-1葉(SPAD/days)、老化速度-2葉(SPAD/days)、老化開始時間止葉(days)、老化開始時間-1葉(days)、老化開始時間-2葉(days)、地上部乾燥重量(g)、地下部乾燥重量(g)、1粒あたりの種子重量(総数/種子数)(g)、総乾燥重量(穂先を除く総量)(g)、種子充足率(1粒における総数/代表10))を算出した。この測定、算出を4回の作付けで施行しており、現在、その値をもとに人工気象機内におけるイネの基本的な生育状態と老化進行度を評価している。また、同時に花を半分数除去する、花を全て除去する、止葉以外の葉を除去するなど、人為的に生育条件を変更したイネ個体の上記計測も行なっており、通常の生育条件と比較を行うことで、変更した条件が老化進行へ及ぼす影響を考察する。進捗としては、初期の機器設置に遅れが生じたために、やや遅れている。
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今後の研究の推進方策 |
次年度では、初年度に確立された老化進行の評価系を用い、既知の生殖過程欠損株(GCS1、NFD1など)を入手もしくはゲノム編集によって作出し、それら遺伝的要因とその欠損による段階的な生殖過程(細胞膜融合、核合一、など)の停止が老化に及ぼす影響を評価することで、生殖組織からの老化シグナルの影響とそれら遺伝子が働く生殖プロセスおよび組織の特定を行う。また、受精後に起こる母体側変化として胚珠下部維管束組織の発達が知られており、それら欠損株におけるその発達の有無をパラフィン切片による顕微観察によって確認し、受精による母体組織の生理学的な反応と老化の関係も明らかにする。 また本年度より、イネ Monosomic Aline chromosome Addition Line(MAAL)における老化様式の評価も、九州大学安井秀先生ご協力のもと継続して行なっている。九大イネMAAL系統とは、アフリカ原産の遠縁野生種(Oryza punctata )と栽培イネ(Oryza sativa )との遠縁交雑を行い、その雑種後代から栽培イネに野生イネ染色体が一本ずつ導入された異種一染色体添加系統のシリーズである。そのうち、O.punctata の8番染色体が導入されたO.sativa 系統(MAAL8)では、葉の老化が著しく進行する(枯れあがる)ことが知られている。報告者は、このMAAL8が受精に伴い過剰な母子間コミュニケーションを行った結果、過剰な葉の老化を引き起こしている可能性を考え、この検証を行うために、本年度から次年度において上述の栽培イネと同様に、その形質の測定、評価項目の算出を行なう予定である。
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