年次計画2年目の「高エネルギー粒子の脱出確率及び観測への示唆」の研究に取り組んだ.本年度中に電磁波観測によって,ブラックホールの作る影(シャドウ)の撮像が初成功したこともあり,当初の計画に加えて,より実際の観測を意識した解析も行った. 以前,Kerr時空の赤道面内に限定した脱出確率の評価手法を発展させ,空間3次元的な粒子の脱出確率の解析を行った.状況設定としては,(i)数理的な側面に着目した,Kerr-Newman時空での解析,(ii)宇宙物理学的に(実際の観測に)重要となる,最内接安定円軌道(ISCO)からの脱出,の2通りの解析を行った. (i)Kerr-Newman時空は,質量・角運動量(スピン)・電荷の3つのパラメータをもつブラックホール時空であり,スピンと電荷にはある上限値が存在する.我々は脱出確率に対するこれら2つのパラメータ依存性を解析し,時空が臨界(extremal)かつ規格化されたスピンが1/2以上の場合,地平面のごく近傍からでも約30%の確率で粒子が脱出できることを明らかにした.また,スピンの増加に伴い確率も増加することがわかった.(ii)のISCO軌道からの脱出も同様に,スピンの増加に伴い確率が増加することが示された.宇宙物理学的なブラックホールのスピンには,0.998という理論的上限値が存在し,この上限値での脱出確率は約59%であった.さらに脱出光の赤方偏移を解析したところ,ISCO軌道から前方に放射された光は,遠方で青方偏移していることが明らかになった.これは,ISCO軌道にある光源のドップラー効果,いわゆる相対論的ビーミング効果であり,高い脱出確率とビーミング効果の関連性を明らかにした結果となった.これらの結果は,仮にブラックホール近傍からの情報を得られたとすると,そのブラックホールは非常に高速回転している可能性が高いことを示している.
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