研究課題/領域番号 |
18J10507
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
太田 英伶奈 早稲田大学, 文学学術院, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2018-04-25 – 2020-03-31
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キーワード | 写本挿絵 / ビザンティン美術 / 詩篇 / キリスト教図像学 / 旧約聖書 |
研究実績の概要 |
当初比較する予定であった4写本のうち、同一工房の制作にかかると思われたハーヴァード大学ホートン図書館ギリシア語3番とオックスフォード大学ボドリアン図書館バロッチ15番(ともに1104/05年)がそれぞれ別の工房の作であると考えられる旨を論文にて報告した。また、残る2写本のうちフンボルト大学キリスト教考古学・教会美術部門3807番(11世紀末~12世紀初頭)が第二次世界大戦時に焼失したと判明したため、計画を一部変更してまず貴族詩篇の再カタログ化に着手した。アンソニー・カトラーが1984年に発表した貴族詩篇のカタログ(A. Cutler, The Aristocratic Psalters in Byzantium, Paris 1984)から除外した、もしくは見落とした作例を新たに8写本発見した。この作業を通じて、パトロンの判明している貴族詩篇6作例中4作例は修道僧・修道尼の注文によるものであること、そもそも「貴族詩篇」という用語自体が印象論に由来するものであるという点が判明したため、「貴族詩篇」の定義とそれに該当する写本について論考を投稿した。また、上記のパトロンが判明している写本のうち、ディオニシウ修道院65番の挿絵の一部がパトロンの救済を企図して描かれたものであるという考察を学会にて発表した。 これに並行して、図版資料や詳細な情報が入手できない作例から優先的に実見調査を行った。2018年6月1日から11日まではニューヨークおよびボルティモアへ、同年2月1日から19日まではミラノ・ヴェローナ・ヴェネツィアに研究出張へ赴き、各地の図書館や博物館で写本の撮影やクワイア構成の確認などを行った。その結果、これまで未刊行であった挿絵や、冊子学上貴重な情報を多く収集した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の研究計画から一部変更はあったものの、現存する貴族詩篇の再カタログ化を終え、その過程で新たな作例を指摘することができた。研究出張についても、当初の予定通り2回実施し、調査対象に設定した写本すべての調査許可が降りたため、それまで文献では確認し得なかったデータを多く入手した。これらの作業から得た結果を基に、論文2本、学会発表1本の研究成果も挙げられたため、概ね順調に進展していると判断する。
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今後の研究の推進方策 |
目下、上記パトロンの判明している貴族詩篇4作例のうち、ディオニシウ修道院65番とオックスフォード大学クライスト・チャーチ・カレッジ61番にはどちらも写本の注文主を死者として描いた特殊な挿絵があることに着目している。他のジャンルのビザンティンの挿絵入り写本では管見の限り類例が見受けられない。したがって、現在は貴族詩篇の一部が修道僧・修道尼の葬礼の準備や死後の追善供養の一環として制作された可能性を追究するべく研究を進める予定である。特にディオニシウ65番に含まれる全9枚の挿絵のうち、巻頭の7枚は注文主の修道僧サバスの救済サイクルとでも呼ぶべき特殊な装飾プログラムを構成している。この挿絵群は公式な教義としては採用されなかった「私審判」思想の影響が色濃く認められ、個人の死後の運命とそれに想いを馳せる注文主を描いた極めて特殊な図像であるにも拘わらず、先行研究に乏しい。クライスト・チャーチ・カレッジ61番の挿絵も『聖母の冥府下り』と呼ばれる宗教文学が下敷きとなっている可能性があるが、こちらも同様に先行研究が殆ど無い作例である。2写本の分析に加え、故人となった注文主が描かれた他のジャンルの写本や、聖堂における墓碑やそれに付随する壁画の図像を収集し、比較対象としたい。また、葬礼における詩篇の使用についても文献資料から考察する。
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