本年度は現存する貴族詩篇74作例のうちアトス山ディオニシウ修道院65番写本(12世紀前半)に焦点を絞って研究活動を行った。当写本に注目した理由は、名前の判明している写本のパトロンたる人物が死者として描かれる特異な挿絵を持ち、写本制作の動機や工房を解明する手がかりが他の作例より多かろうと推測したためである。 2019年5月には、ディオニシウ65番の冒頭の挿絵群の大部を占める「サバス(写本のパトロン)の審判と救済サイクル」を構成する3枚6場面の挿絵に関する論考を「死を想うための挿絵――ビザンティン詩篇写本(ディオニシウ65番)に見られる審判と救済――」と題して『WASEDA RILAS JOURNAL』第7号に投稿した。これらの挿絵に描かれているのは死の直後に起きる私審判と世の終末の日に起こる最終審判の両方であり、その2つを無事に掻い潜って天国で永遠の生に与るというパトロンの理想を表し、これを実現するためにパトロンは挿絵を見て自らの死後を観想したものである、と結論づけた。 続いて、2019年3月に日本ビザンツ学会第17回大会で行った口頭発表「ディオニシウ65番の挿絵について ――聖母予型と注文主の救済――」の内容を推敲したものを、同年6月に美学会機関紙『美学』第255号に投稿した。この論文はディオニシウ65番の冒頭の挿絵サイクルの掉尾を飾る3枚の挿絵が挿絵サイクル内で担う機能について、予型論という視座から考察を加えたものである。挿絵中でソロモンが持つ箴言31章29節の文言と、次葉のダヴィデが持つ詩篇44篇11節の文言が、同時期の聖堂装飾における類例に鑑みて、受胎告知の予型を示唆していると考えた。こうした研究の結果、当写本の挿絵はサバスが死後の運命を観想し、聖母に救済を願うための装置であると推測できる。
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