喉頭がんなどの声帯付近に発生する疾患では,発声障害が初期症状として現れる.このような疾患に対する現状の音声検査法(GRBAS尺度)は客観性に乏しいという問題がある.音声検査において,病変に近い声帯の流速変動波形(声帯音源波形)を知ることができれば,より正確に疾患の状態を知ることができる.本研究では,声道内の空気をばね・質点系で構成される集中系でモデル化し,測定した音声データから声帯音源波形を逆解析する手法の確立を目的とする. H30年度までの研究で,人間の発声器官を模した実験装置により,提案した逆解析手法の妥当性が確認された.R1年度は,発声障害の物理的メカニズムを明らかにするために,モード解析を利用した声帯振動解析モデルを提案した.提案モデルの特徴は,声帯をばね・質点でモデル化する既存の手法と比較して正確な解析が行えること,大規模流体-構造連成解析(FSI)と比較して計算量が大幅に少ないことである.また,声帯のモード解析を利用した手法であるため,声帯の振動に重要なモード等,解析結果の物理的考察を詳細に行うことができる. 本手法の妥当性を確認するため,大規模FSIとの比較を行い,声門での体積流量波形及び振動時の声帯形状が良く一致することを確認した.また,シリコン製人工声帯を備えた実験装置を制作し,自励振動を発生させ,提案法の解析結果が実験結果と良く一致することを確認した.以上により,提案法の妥当性が確認された. また,提案法に対しシューティング法を用いた定常振動解の算出と安定判別を行い,声帯のヤング率及び声門下圧を変化させ,パラメータスタディを行った.そして,声帯の自励振動に重要なモードと,モード同士の位相差を明らかにした. これらの結果より,提案法は声帯の自励振動モデルとして妥当であり,音声生成や発声障害の物理的考察を行うにあたって有用なモデルであることが示された.
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