研究課題/領域番号 |
18J11684
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
平岡 大樹 京都大学, 教育学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2018-04-25 – 2020-03-31
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キーワード | 養育 / 児童虐待 / 泣き声 / ストレス / 重心動揺 / オキシトシン |
研究実績の概要 |
①被虐待経験と泣き声の制御困難性がストレス反応に及ぼす影響…養育者の被虐待経験と乳児泣き声の制御困難性が育児ストレスに及ぼす影響を検討することを目的として,母親44名に実験を行った。結果として,幼少期の経験がネガティブな養育者はストレス反応が高まることを示した。本研究は,被虐待経験を持つ養育者にとって,泣き声というだけでストレッサーとなる危険性を示唆するものである。 ②唾液オキシトシンレベルと音声への接近行動の関連…唾液から定量されるオキシトシンが泣き声に対する接近行動に与える影響に関して検討した。39名の母親を対象とし,オキシトシンが低い養育者ほど泣き声に対して接近を行うことが示された。本研究では初めて泣き声聴取場面におけるオキシトシンの機能の一端(本能的接近行動の抑制)を明らかにしたものである。 ③接近行動と認知的負荷の関連…本研究では乳幼児を養育中の55名の母親が参加し,アルファベットを記憶しながら乳児の泣き声を聴取し,その間の重心を計測した。結果として,高負荷の条件において音声に対する接近行動が見られた。本結果は,泣き声への反応を生起させる心理メカニズムの解明に貢献するものである。 ④泣き声に対する信念に関する質問紙作成…泣き声に対する信念を測定するInfant Crying Questionnaire(Haltigan et al., 2012)を原著者の許諾を得て日本版を作成した。235名から回答を得た。おおむね原版を再現する結果が得られ,関連する質問紙との基準関連妥当性の確認が行われた。本研究の成果は,今後国内での基礎的な養育研究,およびスクリーニング調査における臨床的介入にも貢献が期待される。 ⑤昨年度は論文投稿を積極的に国際誌への投稿を行い,1本がPsychoneuroendocrinology誌,2本がParenting誌の特集号に採択された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本年度は主に4件の研究実施によって,児童虐待の世代間伝達における「乳児の泣き声」が果たす役割に関して,検討を行った。 まず,幼少期の虐待経験と乳児の泣き声の制御不可能性を操作した研究,および質問紙法による乳児の泣き声に対する信念が子どもの気質発達に及ぼす影響に関する研究を通して,3世代に渡って,泣き声が核となり,次世代への養育・発達を規定するプロセスの提示を行った。これまでも児童虐待の世代間伝達の媒介メカニズム・要因の解明は国内外で盛んに行われてきたが,泣き声への反応に焦点を絞ることで,一貫した研究知見の獲得につながった。 また,オキシトシンレベルや認知機能は幼少期の虐待によってその発達が阻害されることが先行研究によって示されている。それらの要因が泣き声への反応に及ぼす影響を検討することで,ミクロな視点での虐待の世代間伝達のメカニズム解明が可能になることが期待される。今回の研究でもオキシトシンという内分泌系・実行機能という心理機能両者が泣き声への反応に与える影響に関する知見を得ることができたが,今後の研究ではそれらを統合するモデルの提案を行いたい。 国際学会では1件,国内学会では5件の発表を行い,研究会においては発表賞の受賞にもつながっている。また,これまでの研究成果について原著論文として,国際学術雑誌Parenting誌に2件受理・掲載されるとともに,心理神経内分泌学における一流の国際学術雑誌Psychoneuroendocrinology誌に1件受理・再学されたことなど,着実に研究成果を残している。
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今後の研究の推進方策 |
次年度が最終年度になるため,主に(A)これらの知見を統一するための仮説モデル提案,(B)昨年度得られた研究成果の国際誌への投稿,(C)これらまでの研究を博士論文としてまとめる方針である。 (A)に関して,これまでは主に心理的機能が泣き声から生じる不快情動・衝動的接近意図を抑制する可能性,そして内分泌系による制御可能性を個別に検討してきた。しかし,最終的なアウトプットとしての養育行動が形成されるメカニズムを知るためには,両情報処理プロセスの相互影響過程を検討する必要がある。本年度は,両要因がいかに関与しながら養育行動の形成に影響するのかを明らかにする実験を実施予定である。さらに,最終的に臨床場面における応用可能性を提案するため,オキシトシン経鼻投与による泣き声への反応への影響を検討予定である。本実験計画は既に京都大学医学研究科の倫理審査を通過しており,すぐに実施が可能である。 (B)に関して,昨年度の研究実績の①をInfant Behavior & Development誌等,②をPsychoneuroendocrinology誌等,③をDevelopmental Psychopathology誌等に投稿予定である。また,③の成果は本年度開催される英国心理学会発達部門大会にて発表を予定している。 (C)卒業研究から一貫して,乳児の泣き声に対する反応を形成する要因の検討を行ってきた。その要因として親から受ける養育態度に着目しており,先行研究で明らかにされている愛着や共感,自己制御などの個人特性に先行する要因であることから,多くの先行研究の知見を包含するモデルの提案が可能になると考えている。本年度実施する(A)の計画も含めて,泣き声への反応が世代を通して伝達していくメカニズム,ひいては児童虐待の世代間伝達のメカニズムをひとつのモデルとしてまとめることを目指す。
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