研究課題/領域番号 |
18J12324
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
早川 頌 東京大学, 工学系研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2018-04-25 – 2020-03-31
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キーワード | On-the-fly kMC / メゾ時間スケール / 照射誘起欠陥 |
研究実績の概要 |
構造材料の健全性を保つために材料中微細組織の挙動を把握することは極めて重要であり,特にそれら組織の移動機構として知られる拡散現象のモデル化を行うことは必須である.一方,ミクロ組織挙動を把握する上で分子動力学(MD)法が従来広く用いられてきたが,時間スケールの問題から分子動力学法を用いた拡散挙動のモデル化は現実的ではない.すなわち,現在の材料中微細組織挙動予測技術体系において,原子レベルの精度を保持しつつマルチ時間スケール現象を再現する技術の発展が強く望まれている.近年,MD法と同等の精度を有するメゾ時間スケール計算手法としてOn-the-fly kMC法が注目を浴びているが,計算コストの高さが大きな問題となっている.以上を踏まえ,平成30年度は,On-the-fly kMC法の一種であるSelf-evolving atomistic kinetic Monte Carlo (SEAKMC)法の高速化スキームの提案を行った. 高速化スキームのベンチマーク計算を行った結果,約100倍の高速化に成功した.さらに得られた活性化過程の精度も元々のSEAKMC法の持つ精度と同等であることを確認した.さらに高速化SEAKMC法を原子炉構造材料中に形成された照射誘起欠陥に適用した結果,当該クラスタが複雑な過程を経つつMD時間スケールを超えて安定形態に変換する様子が確認された. 平成30年度は,原子レベルの精度を有するメゾ時間スケール現象予測手法として非常に有望なSEAKMC法の高度化を行い,従来の課題であった材料中微細組織挙動予測手法のメゾ時間スケール化の強化を行った.次年度はkMC法が共通して抱えるFlicker eventsを克服する新たな手法開発に着手し,微細組織挙動予測技術の更なる発展に資することを目的とする.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
平成30年度に提案したSEAKMC法高速化スキームは,最初から高精度・高計算コストな活性化過程探索を行うのではなく,はじめに低精度・低計算コストで過程探索を行い,そこで得られた情報を“予想”として用いて高精度な過程探索を行うというものである.これにより,最初から精度の高い過程探索を行うよりも大幅に計算コストが削減された状態で活性化過程を見つけることができる.スキーム適用後における計算時間と適用前における計算時間を比較した結果,最大で約100倍の高速化が達成されていることを確認した.さらにスキーム適用前後の精度を比較した結果,得られる活性化過程の精度に相違がほとんど見られないことを確認した.これら結果より,元々のSEAKMC法と同等の精度を保持しつつ大幅な高速化が実現されていることを確認した. これらの成果に関して,現在の微細組織挙動予測技術体系の発展という全体の目標に照らし合わせた時に,期待以上の大幅な進捗が得られていると言える.さらにこれら手法は原子炉構造材料のみならず,他の構造材料に関しても十分適用できるものであるため,工学的にも非常に価値の高いものである.
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今後の研究の推進方策 |
SEAKMC法を含むkMC法における一般的な課題として些細な現象(Flicker events)の再現に膨大なステップ数が割かれてしまい全体の変化が殆ど見られないということが挙げられる.平成30年度に行った原子炉構造材料における照射誘起欠陥クラスタの安定形態解析シミュレーションにおいても,一部のクラスタに関してはFlicker eventsの影響によりクラスタの安定形態への変換が見られなかった.よってKMC法の持つメゾ時間スケール性を保持しつつ別のコンセプトを取り入れた,新たな手法の適用が望まれる.KMC法の持つメゾ時間スケール性の肝となっているのは,MD法のように各原子振動まで逐一追うのではなく,一つの現象を「ポテンシャルエネルギー曲面(PES)上のある極小点から別の極小点への遷移」と捉えるstate-to-state dynamicsの考え方であるが,このstate-to-state dynamicsのモデルを取り入れた場合,クラスタの不安定形状から安定形態への変換は,PES上のエネルギーの高いstateからエネルギーのより低いstateへの遷移とみなすことができる.すなわち,不安定形状から安定形態へ変換する際のクラスタの挙動プロセスにおいて,系はPES上のstate間をホップしながらエネルギーのより低いstateを探し求めて,PES上を彷徨うということに例えられる.よって平成31年度(令和元年度)においてはクラスタの変換をエネルギー最小化問題としてモデル化することにより,最適化アルゴリズムを適用した微細組織安定形態の解析手法の開発を試みる.さらに,エネルギー的に不安定な形状をした照射誘起欠陥クラスタに開発手法を適用し,MD時間スケールを超えて発生するクラスタの安定形態への変換を再現する.
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