研究課題/領域番号 |
18J12411
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研究機関 | 広島大学 |
研究代表者 |
日原 尚吾 広島大学, 教育学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2018-04-25 – 2020-03-31
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キーワード | 否定的アイデンティティ / 二分法的信念 / 社会への敵意 / 社会への不信感 / 青年 |
研究実績の概要 |
申請課題では,青年が職業決定困難に陥る発達経路として,自己の社会的役割が不明確になるアイデンティティ拡散の経路と,社会的に否定的な人間であろうとする否定的アイデンティティの経路を想定した。申請課題の目的は,否定的アイデンティティ者が職業決定困難に陥る機序を,アイデンティティ拡散と対比させながら検討することであった。平成30年度における主な研究成果は2つある。第一に,否定的アイデンティティ研究に関する理論論文を執筆し,査読付き国際誌『Identity』に掲載された。第二に,否定的アイデンティティ者が高い二分法的信念を有することを示す実証研究を行い,その成果を査読付き国際誌に投稿し,『Journal of Adolescence』に掲載された。 否定的アイデンティティ研究に関する理論論文では,アイデンティティ発達研究においてアイデンティティの否定的な側面の研究がほとんど行われていないことを指摘し,否定的アイデンティティの研究がその限界を補うことを主張した。そして,(a) 現代の社会状況と否定的アイデンティティ形成,(b) 否定的アイデンティティの実証研究に有効な方法論,(c) 否定的アイデンティティ者への介入法,の3点について論説した。本研究は,これまで十分に検討されてこなかった否定的アイデンティティについて,現代社会の状況や青年の問題と関連させながら論じるとともに,実証研究の方向性までを初めて示した点で意義がある。 実証研究では,高等教育機関に所属する学生2313名に対して質問紙調査を行い,否定的アイデンティティ者が社会を「敵と味方」「勝者と敗者」など明確に分割し,社会に対して不信と敵意を向けることが示された。これら問題のある信念は青年の社会への参入を妨げるため,否定的アイデンティティ者は,社会と良好な関係を築くことができず,その後のキャリア形成に問題を抱えることが示唆される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成30年度は,否定的アイデンティティ者が高い二分法的信念を示すことを検証する予定であった (研究1)。また,否定的アイデンティティ者が,アイデンティティの苦悩が生じた際に自己の否定的役割を確証して対処することを,実験的に検討する予定であった (研究2)。 予定していた研究1,2を実施する前に,研究課題の背景について解説する理論論文を執筆した。具体的には,(a) 社会経済的地位の低い青年など社会の辺縁に置かれた青年が否定的アイデンティティの形成により極端な問題行動に陥ること,(b) 否定的アイデンティティの実証研究を行うために,自己に関する自由記述を用いた方法が有用であること,(c) 否定的アイデンティティ者への介入には彼らの主体性を社会的に望ましい対象へ向けることが有効であること,の3点について論説した。本研究は査読付き国際誌『identity』に掲載された。 また,研究1を実施し,英字論文を執筆した。高等教育機関に所属する学生2313名がオンラインの質問紙調査に参加した。否定的アイデンティティ者はその他の者と比較して,二分法的信念とシニシズムの得点が有意に高く,社会への信頼の得点が有意に低かった。また,潜在プロフィール分析によって抽出した,二分法的信念とシニシズムの得点が最も高く社会への信頼の得点が最も低いプロフィールに有意に所属しやすかった。以上の結果から,否定的アイデンティティ者が社会を「敵と味方」「勝者と敗者」など明確に分割し,社会に対して不信と敵意を向けることが示された。本研究は査読付き国際誌『Journal of Adolescence』に掲載された。 これら2つの研究は申請課題の根幹部分を支える重要な部分であり,確実に成果に結びつけることができたことから,研究は順調に進展していると評価できる。研究2の実施については,令和元年度の課題である。
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今後の研究の推進方策 |
まず,研究2を実施する。実施後直ちに分析を行うとともに,国際学会において発表し,査読付き国際誌『Journal of Adolescence』に投稿する。また,否定的アイデンティティの経路では職業決定の困難が長期化し,職業探索が有効でないことを,縦断的な質問紙調査によって検討する (研究3)。1時点目を5月,2時点目を9月,3時点目を1月に実施する。対象者の社会経済的地位の偏りと縦断調査による脱落に対処するため,調査会社を利用して多様かつ多数のサンプルを集める。さらに,10月に,アイデンティティ発達上のつまずきと社会参加に関する問題に詳しいDr. Moin Syed (ミネソタ大学) を訪問し,共同分析を行うとともに研究の助言を頂くことが決定している。データ収集後,質的データを複数名で評定して 否定的アイデンティティの青年を抽出し,共分散構造分析を行う。研究の結果を査読付き国際誌『Journal of Vocational Behavior』に投稿する。
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