まずは、これまでの研究の流れについて簡潔に説明する。採用期間の前半には、無鉛ハンダ中の空隙形成に関係する、銅イオンの自己拡散メカニズム解明に取り組んだ。その中で「自己拡散係数を第一原理評価する汎用スキームを確立する」という研究成果が得られ、これについて英国化学会誌に原著論文として発表した。本年度を含む採用期間の後半には、当該スキームの普及を目指し、「二酸化チタン内部および表面におけるイオン輸送」の問題に、注目度の高い好適用対象と考えて取り組んできた。結果的に、自己拡散係数評価には至らなかったが、実験結果を理論的に説明する興味深い計算結果が得られ、これについて米国物理学会誌に原著論文として発表することができた。
以下では後者の成果の概要を述べる: 二酸化チタンは、光触媒や太陽光電池などへの応用で優れたエネルギー変換効率を実現するなど、近年、最も注目度の高い材料の一つである。当該系表面における酸素、チタンイオンの拡散は、電荷輸送や欠陥密度変化に伴う表面物性の変化と密接に関係していることから、実験、第一原理シミュレーションの両面から精力的に調べられている。しかしながら、固体中でどちらが早く拡散するかすら結論が得られていない難問である。その一つの理由として、遷移金属特有の強い電子相関を普及法である密度汎関数法では記述しきれないことが挙げられる。よって、本研究では、最も信頼性の高い量子モンテカルロ法で障壁エネルギーを予見し、イオン拡散メカニズムを調べた。その結果、従来の予見を覆し、チタンイオンが(110)表面よりも(001)表面に向かって早く拡散することを見出した。このことは、光触媒反応に伴う表面状態の劣化が(001)表面でより早く修復されることを意味し、「(001)表面は(110)表面よりも高い光触媒活性を有する」という実験事実を説明する一つの有力な学説を提示できたといえる。
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