本研究は,イオン液体の特殊性の起源・本質を分子レベルで明らかにするため,イオン液体およびそれと構造や物性が類似した系のフェムト秒ダイナミクスの温度依存性を二種類の相補的な分光法、すなわちフェムト秒ラマン誘起カー効果分光およびテラヘルツ時間領域分光により検討し,イオン液体の特性が超高速ダイナミクスに与える影響の解明を目指したものである。昨年度の研究で一般的なイオン液体についての分子間振動ダイナミクスの温度依存性に関する系統的な結論が得られているため,今年度は特殊なイオン液体や系として、側鎖に硫黄原子を含むホスホニウム系イオン液体の合成および物性値の評価を行った。イオン液体の粘度を低下させる方法として,カチオンの側鎖へのエーテル基の導入や,イオン液体を構成する原子を同族のより重い原子に置換することなどが知られている。これらの知見に基づき,エーテル基の酸素原子を硫黄原子に置換したものに相当するチオエーテル基を含むイオン液体の合成を目指し,その物性値を測定することでチオエーテル基の影響を検討した。その結果,チオエーテル基を導入したイオン液体の粘度は無置換のイオン液体よりも粘度が高くなることが明らかになった。これは,重原子置換による効果よりもファンデルワールス力の増加による粘度の上昇効果が上回ったためではないかと考えられる。また,カチオンの側鎖が(エチルチオ)エチル基のものより(メチルチオ)エチル基のほうが炭素数が少ないにもかかわらず粘度が大きくなるという興味深い結果が得られた。エーテル基の場合(エトキシエチル基とメトキシエチル基)では粘度が大きくなる場合と小さくなる場合の両方が報告されており,この現象がチオエーテル基に特有のものであるのか,またカチオン構造やアニオン種に依存するのかといった点は,さらに多様なサンプルについて分光測定を含めた研究が必要である。
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