研究課題/領域番号 |
18J13124
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研究機関 | 山口大学 |
研究代表者 |
辻 竣也 山口大学, 連合獣医学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2018-04-25 – 2020-03-31
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キーワード | 骨肉腫 / 比較腫瘍学 / PP2A / SET |
研究実績の概要 |
ヒト骨肉腫は,年間新規罹患者数150人程度であり,希少がんに分類されている。一方,イヌ骨肉腫の発生頻度は,ヒトと比較し,非常に高く,比較腫瘍学的観点から注目されている。SETは,重要ながん抑制因子であるPP2Aを阻害することで,ヒト・イヌの様々ながんの悪性化に関与していることが報告されているが,骨肉腫における働きや,ヒト・イヌにおける種差を検討した報告は存在していない。そこで,本研究では,ヒト・イヌ骨肉腫におけるSETの役割の解明を通し,骨肉腫に対する新規抗がん戦略を提示するとともに,ヒト骨肉腫モデルとしてイヌの有用性を明らかにすることを目的に,以下の2項目に取り組む。【項目A】SET発現抑制が,ヒト・イヌ骨肉腫細胞の表現型に与える影響の解明。【項目B】骨肉腫細胞株におけるSET発現抑制が,ヒト・イヌ骨肉腫のがん微小環境に与える影響の解明。 【項目A】では,イヌ骨肉腫細胞株であるPOS,HM-POSおよび,ヒト骨肉腫細胞株であるHOS,Saos2,U2OSを用いて,骨肉腫細胞におけるSETの機能解明を行う。shRNAを用いてSET発現を抑制し,(a)細胞増殖に与える影響をcell counting kit 8により,がん幹細胞性に与える影響をコロニー形成試験により,生体内での腫瘍成長に与える影響を免疫不全マウスによるゼノグラフトモデルにより検討する。また,(b)SET発現抑制が細胞内シグナルに与える影響をウェスタンブロット法により解析する。【項目B】骨肉腫が形成しているがん微小環境には,免疫細胞やがん関連線維芽細胞(CAFs),破骨細胞が存在している。そこで,SET発現抑制した骨肉腫細胞株が,破骨細胞やCAFsの分化や遊走,活性化に与える影響を検討する。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
【項目A】SET発現抑制は,イヌ骨肉腫細胞株であるPOSの細胞増殖およびコロニー形成能,HM-POSのコロニー形成能を有意に抑制することが明らかになった。さらに,SET発現抑制により,POS,HM-POSにおいて,共通し,がん細胞の悪性化に関与する重要なシグナルであるERK1/2シグナルが抑制されることが明らかになった。これらの結果は,現在,Journal of Veterinary Medical Scienceに投稿準備中である。さらに,今後,ヒト・イヌにおいてSETを中心とした比較検討を行う上で,SETの生理的な機能の解明が重要であると感じ,SETとPP2Aの詳細な相互作用の解明を行なった。PP2Aは,Ser/Thr脱リン酸化酵素であり,A,B,Cの3つのサブユニットから構成されるヘテロ3量体タンパク質複合体である。Aサブユニットは足場タンパク質として働き,Cサブユニットは酵素活性を持つ。PP2Aは通常,A,Cサブユニットが結合したヘテロ2量体で存在しており,そこへ基質特異性を決定するBサブユニットが1つ結合することで,様々な基質を脱リン酸化している。Bサブユニットは,現在20種類以上が報告されており,B55,B56,PR72,PR93の4つのファミリーに分類されている。ヒトのSETは2量体化することにより,B56ファミリーを含むPP2Aに特異的に結合していることを明らかにした。さらに,SETの2量体化を阻害することで,SET-B56ファミリーの結合が阻害できることを明らかにした。これらの結果はJournal of Biological Chemistryに投稿準備中である。 当初の計画とは少し異なるが,現在,論文2報を投稿準備中であり,順調に進展していると考えている。さらに,SETの詳細な機能が明らかになったことにより,研究のさらなる推進が期待できる。
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今後の研究の推進方策 |
【項目A】ヒト骨肉腫細胞株であるSaos2,HOS,U2OSを用いて,(a)SET発現抑制が,がん細胞株の表現型に与える影響を検討する。細胞増殖に与える影響は,cell counting kit 8を用いて,がん幹細胞性に与える影響をコロニー形成試験により行う。また,生体内での腫瘍成長に与える影響をゼノグラフトモデルにより検討する。(b)イヌ骨肉腫細胞株では,SET発現抑制により,ERK1/2のリン酸化レベルの低下が認められた。そこで,ヒト骨肉腫細胞株における,SET発現抑制が与える細胞内シグナルの変化を,ERK1/2シグナルを中心にウェスタンブロット法で検討する。【項目B】骨肉腫細胞株におけるSET発現抑制が,がん微小環境を構成する破骨細胞や,CAFsの分化や活性化に与える影響を検討する。ヒト・イヌ骨肉腫細胞株と,マクロファージ様細胞株であるRAW264細胞や,CAFs様線維芽細胞株であるLmcMF細胞を共培養し,RAW264細胞の破骨細胞への分化や活性,LmcMF細胞のサイトカイン分泌や遊走能の変化を検討する。破骨細胞への分化は,酒石酸抵抗性酸性ホスファターゼ染色により,破骨細胞の活性に与える影響を破骨細胞培養キット(PMC)により検討する。また,LmcMF細胞の遊走に与える影響を,トランスウェルを用いたinvasion assayや,wound healing assayを用いて検討する。サイトカイン産生に与える影響を,骨肉腫悪性度の指標であるTGF-βや,破骨細胞活性化因子であるRANKLを中心に,real time PCRを用いて検討する。 得られた結果を,ヒト・イヌ間で比較し,SETの働きや,骨肉腫に対する治療標的としての有用性を検討する。
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