研究課題/領域番号 |
18J13337
|
研究機関 | 東京工業大学 |
研究代表者 |
坂本 和歌子 東京工業大学, 生命理工学院, 特別研究員(DC2)
|
研究期間 (年度) |
2018-04-25 – 2020-03-31
|
キーワード | 膜融合ペプチド / カチオン性くし型共重合体 / 脂質膜 / ドラッグデリバリーシステム |
研究実績の概要 |
高分子医薬は細胞内で効果を発現するものが多く、効果的な細胞内輸送システムが不可欠である。脂質膜を操作するツールとして、E5ペプチドが知られている。E5は酸性条件でα-ヘリックスに構造転移し、膜融合・膜破壊能を発現する。既にポリアリルアミン-graft-デキストラン(PAA-g-Dex)が中性条件でさえもE5の構造転移を誘起し、膜破壊能を顕著に高めることを報告してきた。また、E5/PAA-g-Dex複合体はモデルタンパク質の膜透過性を向上させ、細胞質へ輸送することも可能である。細胞はヘテロな脂質膜で覆われ、その組成は細胞種や細胞周期等により異なる。本研究では、脂質組成がE5との相互作用に与える影響とPAA-g-Dexのシャペロン効果について検討した。円二色性スペクトルより、E5は中性条件でランダムコイル構造であったが、無秩序液体(Ld)相を持つリポソームの添加によりα-ヘリックス構造を誘起した。さらに、pH5.4でそのヘリシティが増加した。pH低下に伴うグルタミン酸残基のプロトン化により、E5が膜破壊能を発現する完全な構造に転移したと考えられる。一方、秩序液体(Lo)相ではランダムコイル構造を保持したため、E5-脂質膜間の相互作用は脂質組成に依存すると考えられる。また、PAA-g-DexをE5に添加すると部分的なα-ヘリックス構造形成を誘起し、さらにLd相を持つリポソームの添加により完全な構造へと転移した。膜破壊能評価より、中性条件でE5にPAA-g-Dexを添加すると、Ld相を持つリポソームに対して膜破壊能が促進された。Lo相の脂質膜において、E5はPAA-g-Dex存在下でさえ膜破壊能を示さなかった。このことから、PAA-g-DexはE5の脂質膜選択性を保ちつつ、膜破壊能を向上させるシャペロン活性を持つことが見出された。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は、刺激応答性くし型共重合体による膜融合ペプチドの機能制御とそれに伴う脂質膜のダイナミックな構造転移を利用し、自律的にリポソーム-細胞間の膜融合を制御可能な「構造転移型脂質デバイス」を創製することを目的としている。既に、申請者らはくし型共重合体により、膜融合ペプチドの機能向上やリポソームのベシクル-シート構造転移が可能であることを見出してきた。さらに、共重合体・ペプチド複合体は、タンパク質の膜透過性を向上させ、細胞質への効率的な輸送が可能であると示してきた。採用一年目は、膜融合ペプチドの構造制御に関する基礎的な知見を順調に収集し、その成果について米国化学会専門誌への掲載が決定している。膜融合ペプチドはN末端、C末端ヘリックスがGly12-Gly13のヒンジを介してつながった構造である。N末端側は疎水性アミノ酸残基が多く、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)存在下、SDSの疎水部との相互作用によりα-ヘリックスへ転移すると知られている。さらに、pH低下に伴うグルタミン酸残基のプロトン化がC末端側の構造形成に寄与し、活性構造をとることも報告されている。本研究で、共重合体が無秩序液体(Ld)相を持つ脂質膜と協同的に、ペプチドの活性構造への転移に寄与すると明らかにした。特に、共重合体はペプチドのC末端ヘリックス構造形成に寄与し、Ld相を持つ脂質膜の疎水部がN末端側ヘリックスの形成に寄与することが示唆された。一方、比較的膜流動性が低く、脂質分子のパッキングが密な秩序液体相はN末端側の構造転移を誘起しなかったことから、ペプチドは共重合体存在下でさえも脂質膜選択的に相互作用した。従って、共重合体は膜融合ペプチドに対し、その脂質膜選択性に影響を与えず、シャペロン活性を示すと初めて明らかにした。この知見は、細胞種や細胞内小器官選択的なドラッグデリバリーシステムの設計につながると考えている。
|
今後の研究の推進方策 |
昨年度は、膜融合ペプチドに脂質膜選択性があり、共重合体はその本来の特性を保持しつつ活性構造への転移・機能発現といったシャペロン活性を有することを見出した。そこで今後は、1)光褪色後蛍光回復法による細胞の膜流動性解析を進め、2)細胞選択的な膜不安定化による高分子の輸送法を確立する。また、細胞は細胞膜を介して細胞内外で物質の貪食・放出を行うと共に、細胞膜間でリン脂質分子の輸送も行い、その機能を維持している。3)ベシクル・シート構造のリポソームと細胞間の脂質分子や高分子等の物質輸送を評価し、新たな構造転移型脂質デバイスの設計に発展させる。
|