研究実績の概要 |
本研究では、「細胞膜上の糖鎖構造の変化に起因する悪性形質獲得の分子メカニズムの解明」を目的としている。細胞膜は細胞の中と外を分ける重要な分子装置であり、脂質二重膜の外葉はタンパク質や脂質に結合した糖鎖(糖タンパク質、糖脂質)で覆われている。通常、細胞が癌化すると、細胞表面の糖鎖構造に異常が起こる。特に酸性糖のシアル酸の増大は、浸潤や転移などの癌の悪性の形質と深く関わっている。本研究では、糖鎖の末端のオリゴ、ポリシアル酸を合成する酵素群(ST8SIA2,4,5)に着目し、ST8SIAシリーズの合成する糖タンパク質及び糖脂質の構造と悪性形質との関係を明らかにし、末端シアル酸の役割を解明する。本年は特に、ポリシアル酸転移酵素ST8SIA2及びST8SIA4について重点的に解析を行った。ポリシアル酸はシアル酸が8-400残基縮重合した構造の総称で、癌胎児性抗原として知られている。ポリシアル酸は自身の水和効果による巨大な排除体積によって、細胞-細胞/細胞外マトリックス間の接着を負に制御する分子として認識されており、癌細胞では、その反接着作用に基づく転移性獲得能が知られている。ポリシアル酸は、2種のポリシアル酸転移酵素(ST8SIA2,4)により合成されるが、その構造は、既存の抗ポリシアル抗体によって明確には区別されず、共に反接着性を示すものと考えられてきた。しかし、これらのポリシアル酸構造は、近年我々が見出した分子結合性というポリシアル酸の新たな性質によって区別されることが判明した。また、これまでに両酵素をそれぞれ過剰発現させたメラノーマ細胞において、癌細胞の悪性形質である増殖能、足場非依存的増殖能、浸潤能の差異が生じることを明らかにした。本年は、その悪性形質に結びつくメカニズムの一端を担う、下流のシグナル伝達経路及びその活性化の程度の違いについて明らかにした。
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今後の研究の推進方策 |
タンパク質上にポリシアル酸構造を合成するST8SIA2及びST8SIA4と悪性形質の関わりを明らかにする。ポリシアル酸はシアル酸のポリマー構造で、癌胎児性抗原として知られている。これまでの解析により、ST8SIA2とST8SIA4により増殖能、足場非依存的増殖能へのポリシアル酸鎖の機能的な差異が生じること及び、ポリシアル酸鎖が浸潤能に寄与することが明らかになった。さらに、悪性形質を制御しているシグナル伝達経路の一端を明らかにした。今後は、ST8SIA2及びST8SIA4により合成されたポリシアル酸構造の差異がどのようにして悪性化に寄与しているのか、そのメカニズムを明らかにするためにポリシアル酸鎖の構成成分と構造を明らかにする。さらに、悪性形質を制御するシグナル伝達分子とポリシアル酸とのクロストークについて解析を行う。 さらに、糖脂質末端のジシアル酸の合成酵素(ST8SIA5 S,M,L)の3つのバリアントに着目し、それらの合成する糖脂質の構造と悪性形質との関係を解明する。これまでに、ジシアル酸を認識する抗体によりST8SIA5 S,M,Lの間で量的あるいは質的な差異が検出された。さらに、悪性形質の一つである足場非依存的増殖能に差があることが明らかになった。ジシアル酸の差異は、欠損部位が酵素の幹部であることに起因すると考えられる。そこで、ST8SIA5 S,M,Lの基質特異性を解析する。次に、ジシアル酸含有糖脂質の組成の変化が悪性形質に及ぼす影響を解析する。細胞の増殖能および、細胞の浸潤能、遊走能について解析を行う。最終的には、糖脂質組成の変化により悪性形質を獲得する分子メカニズムをラフトに着目して解析する。
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