細胞内の温度は、生体分子の存在状態や反応性に強く影響を与える因子である。従って、細胞は細胞内の温度変化を感知し制御する必要があると考えられるが、このような機構に関する知見は殆ど無い。本研究員は2018年度において、ショウジョウバエ培養細胞S2を用いた研究により、生体膜の流動性の制御に重要である脂肪酸不飽和化酵素の阻害が、細胞内温度の低下及びミトコンドリアの機能不全を惹起することを見出した。そこで当該年度の研究において、ショウジョウバエの脂肪酸不飽和化酵素DESAT1による細胞内温度制御の分子機構、さらに生理的意義について検証した。 DESAT1によるミトコンドリア機能制御の作用点を検証するために酸素消費量(OCR)測定を行ったところ、DESAT1の阻害がATP合成と共役したミトコンドリア呼吸を抑制することが示された。さらに複数の生化学的手法により、DESAT1の阻害によりATP合成酵素の複合体形成及び酵素活性が顕著に抑制されることを突き止めた。 また、S2細胞を通常より10℃低い15℃の低温環境下にて培養すると、リン脂質の不飽和脂肪酸がDESAT1の活性に依存して増加することを見出した。さらにこの低温暴露時には、ミトコンドリア膜電位の上昇を始めとした、DESAT1の活性依存的なミトコンドリア呼吸制御機構の活性化が観察された。また、LC-ESI-MSによる脂質分析と細胞内小器官の分画法を組み合わせることにより、不飽和脂肪酸を含有するリン脂質が低温暴露の際にミトコンドリアにおいて増加することを発見した。 以上の結果から、DESAT1はATP合成酵素の制御を介して細胞内温度の制御に関与することが示された。さらに、膜脂質の制御を介してミトコンドリア熱産生を亢進させることにより、低温環境下における細胞内温度の低下を抑制する機構の存在が想定された。
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