双極性障害(bipolar disorder)は、躁およびうつ状態を繰り返す精神疾患である。その発症には遺伝要因の関与が強いと考えられ、多くの関連遺伝子が同定されているが、これらの遺伝子が双極性障害に関連する分子機序は未だ不明であり、こうした遺伝子の改変マウスで双極性障害モデルマウスとして確立しているものはない。近年、健常者な両親と、双極性障害を発症した子のトリオ家系において、子のみが持つ新生突然変異、すなわちデノボ(de novo)変異を探索する全エクソン解析が行われ、多数のデノボ変異が同定された。本研究では、双極性患者で同定されたデノボ変異を再現した遺伝子改変マウスを複数系統作製し、行動変化やその分子機構の解析を行った。 行動変化の解析については、輪回し行動解析およびインテリケージ解析を行った。作成した遺伝子改変マウスの一部で、双極性障害患者でたびたび見られる注意力の低下や睡眠の異常などの行動変化を見いだした。その他には、自閉症患者でもデノボ変異が報告されている遺伝子の改変マウスについては、体重低下といった発達障害様特徴や、固執性や社会性の異常といった自閉症の主要症状を示すことを明らかにした。 本研究では、患者で同定されたデノボ変異を再現することにより、患者で見られる特徴の一部を再現できることを明らかにした。この結果は遺伝子改変マウスを用いたデノボ変異の機能解析の有用性を示唆するものである。一方で本研究は、ひとつの遺伝子変異の再現では双極性障害の特徴のすべてを生じるには至らず、双極性障害の発症には多遺伝子の変異や多型が関与している近年の仮説を補強するとともに、複数の変異・多型を持つ遺伝子改変マウスの研究の有用性を示唆する結果となった。
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