本研究は、細胞膜透過性の電子輸送ポリマーにより、細胞内の酸化還元状態ひいては代謝を制御する手法の開発を実施してきた。本年度は、前年度の成果を踏まえ、電子輸送ポリマーによるがん細胞の増殖抑制及びキノン類を酸化還元ユニットとする電子輸送ポリマーの新規開発に取り組んだ。 前年度の成果を踏まえ、電子輸送ポリマーによりがん細胞選択的な増殖抑制が実現できるのではないかと考えた。必要とされるポリマー物性を検討するため、フェロセン類、キノン類を酸化還元ユニットとする電子輸送ポリマーpMFc (E = + 0.5 V vs. SHE)、pMQ (E = + 0.07 V) 、pMBAQ (E = - 0.29 V) をそれぞれ合成し、ヒト乳線がん細胞及びヒト正常細胞の生存率に対する影響を評価した。その結果、pMFcとpMBAQは非選択的に細胞生存率を低下させた一方で、pMQを添加した系では、がん細胞のみ生存率が大きく減少した。これは、pMFcとpMBAQがそれぞれ細胞内酸化還元種、酸素との高い反応性を有していることにより、非選択的な増殖抑制を招いたためだと考えられる。一方で、pMQは、キノン類が酸化還元ユニットとして機能することで、フェロセン類を酸化還元ユニットとするpMFcに比べ親水性酸化還元種との反応性が低減され、電子伝達系などを対象として電子授受を行うと考えられる。また、pMQはpMBAQに比べて酸化還元電位が高く、酸素との反応性が低下している。このようなpMQの電子授受特性に起因して、乳がん細胞の増殖が選択的に抑えられたのだと予想される。以上の結果は、適切な電子輸送ポリマーの設計により、がん細胞の選択的な増殖抑制が実現可能であることを示している。本成果は、電子輸送ポリマーによる新たながん増殖抑制手法として、国際学術誌に投稿準備中である。
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