研究課題/領域番号 |
18J15134
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研究機関 | 富山大学 |
研究代表者 |
鈴木 隆太郎 富山大学, 大学院理工学教育部(理学), 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2018-04-25 – 2020-03-31
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キーワード | 表現型可塑性 / エピジェネティック / カースト分化 / シロアリ / ヒストン修飾 / JH |
研究実績の概要 |
生物が環境変化に適応するための能力である表現型可塑性の分子機構の解明は、生態・進化発生学分野における重要課題である。社会性昆虫のカースト分化は、表現型可塑性の好例であり、近年、カースト分化制御機構の一つとして、エピジェネティックな遺伝子発現制御が挙げられている。本研究は、シロアリの兵隊分化に対するエピジェネティック制御の影響の検証を目指した。 ネバダオオシロアリのカースト分化過程における網羅的な発現遺伝子解析のデータから、兵隊分化特異的に発現する7つのエピジェネティック関連遺伝子を検出した。これらの遺伝子について、RNA干渉(RNAi)法による遺伝子機能解析を行ったところ、ヒストンメチル化および脱メチル化に関与する3遺伝子(Utx, Ash1, Hmt4-20)のノックダウンにより、兵隊の前段階である前兵隊へ脱皮するまでの期間が延長した。兵隊分化過程における脱皮には、体内の幼若ホルモン(JH)の上昇が重要であるため、脱皮に影響が確認された3遺伝子それぞれのRNAi処理個体を用いて、JH合成および下流のシグナル経路に関連する遺伝子の発現解析を行った。その結果、Hmt4-20のRNAiにより、JH合成の最終ステップに働く2遺伝子(JHAMT, ALDH)の発現低下が確認された。また、UtxとAsh1のRNAiにより、JH受容体であるMetの発現低下が確認された。 以上の結果より、エピジェネティック制御機構は、カースト分化における形態形成などの表現型の変化には影響しないが、少なくともヒストンメチル化および脱メチル化は、JH量の調節に関与することで、カースト分化時の脱皮を制御する役割を担うことが示唆された。 兵隊分化過程での発現遺伝子解析により、カースト分化の制御因子の候補として、Hippoシグナル経路も挙がっているため、今後関連遺伝子の解析を進めていく予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
採用前から共同研究として行っていた、ネバダオオシロアリの兵隊分化と職蟻分化過程での網羅的な発現遺伝子解析の結果を先にまとめ、この研究成果は共同筆頭著者として論文発表された。 本解析結果から、シロアリの兵隊分化過程において、DNAメチル化とヒストン修飾に関係する7つのエピジェネティック制御関連遺伝子の発現が確認され、それらの機能解析も順調に行うことができた。7遺伝子のうち3遺伝子のノックダウンにより、前兵隊への脱皮に影響が確認され、さらにヒストンメチル化および脱メチル化の標的遺伝子として、JH合成関連およびJH受容体遺伝子の可能性を見出すことができた。エピジェネティック制御についての解析は順調に進めることはできたが、カースト分化の際に生じる形態形成などの表現型の変化には影響がないことが示され、エピジェネティック制御機構はシロアリのカースト分化を制御する重要な分子基盤ではないことが示唆された。 しかし、前述の発現遺伝子解析の結果から、兵隊分化過でHippoシグナル経路の活性化が示唆されたため、今後は、Hippoシグナル経路に関連する遺伝子の解析を行うことで、カースト分化機構の分子基盤の解明へのアプローチを目指す。 以上より、計画通りの研究は実施できなかったが、研究目的であるカースト分化におけるエピジェネティック制御機構の影響について、一定の研究成果を挙げることができたため、本研究は、おおむね順調に進展していると評価した。
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今後の研究の推進方策 |
社会性の獲得は重要な生物進化の一つである。社会性昆虫において、カーストの獲得は社会性進化の重要イベントであり、カースト分化の制御機構の解明は、動物の社会性進化を考察する上で重要な情報になり得る。昨年の研究で、カースト分化制御機構の候補であったエピジェネティック制御機構について解析を進めたが、カースト分化に直接的な影響を及ぼさないことが示唆された。ネバダオオシロアリの兵隊分化過程における網羅的な発現遺伝子解析の結果から、Hippoシグナル経路の活性化が示唆されたため、今後は、兵隊分化過程におけるHippoシグナル経路関連遺伝子の解析を行う。 まず、ネバダオオシロアリのゲノム情報からHippoシグナル経路関連遺伝子を探索し、前述の発現遺伝子解析のデータから、兵隊分化特異的に発現する遺伝子を検出し、解析対象遺伝子とする。解析対象遺伝子については、RNAiによる遺伝子機能解析を行い、兵隊分化に対する影響を検証する。Hippoシグナル経路は、ショウジョウバエや甲虫類などの完全変態昆虫において、JHやインシュリンなどの他のホルモンシグナル経路との相互作用が示唆されている。先行研究により、兵隊分化にもJHやインシュリン経路の重要性が示されている。よって、RNAiにより兵隊特異的な表現型に影響が確認された場合は、RNAi処理個体を用いて、他のシグナル経路に含まれる重要遺伝子の発現解析を行うことで、Hippoシグナル経路との相互作用を評価する。また、Hippoシグナル経路関連遺伝子の影響が、兵隊分化特異的なものか否かを検証するため、職蟻分化過程でも同様に機能解析などを行う。 以上の解析により得られた結果から、兵隊分化におけるHippoシグナル経路の役割を考察する。
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