研究課題/領域番号 |
18J20057
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
山口 幸司 東北大学, 理学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2018-04-25 – 2021-03-31
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キーワード | ブラックホール / 量子情報 / 量子カオス系 / 純粋化パートナー / 量子情報カプセル |
研究実績の概要 |
ブラックホール(BH)はホーキング輻射によってエネルギーを失いながら蒸発していく。ホーキング輻射のエンタングルメントエントロピー(EE)の解析から、系の初期状態が純粋状態であっても、終状態は混合状態になる可能性がある。これは蒸発過程で量子情報が失われることを意味しており、BH情報喪失問題と呼ばれる。この問題の解決に向けて、本研究では量子系の量子もつれと情報記憶構造の解析を行った。 半古典近似のホーキング輻射のEEのふるまいが、量子重力的効果により修正されるシナリオとしてペイジ曲線仮説が知られている。この仮説の模型は単純化されており、具体的な相互作用がある場合には適用できない。本研究では統計力学的な典型性を用いることで、具体的に物理的な相互作用をとりいれた模型において、ペイジ曲線仮説と同様のふるまいが現れることを示した。 量子系に記憶される情報を詳細に調べる際、適当な部分系に分解して独立に解析してしまうと、量子もつれなどの相関に含まれる情報が失われる。これを避けるためには、純粋状態にある部分系に分解すればよい。その例として、互いにもつれた2つの部分系が純粋状態となる、パートナーの組がある。昨年度の我々の研究の応用として、パートナーの組を同定する公式を、本研究ではBH蒸発を模倣する動的鏡模型へと拡張した。これを用いて、ホーキング輻射中の非局所的なモードとそのパートナーがBH形成初期の情報に鋭敏に反応することがわかった。 量子多体系や量子場を情報記憶メディアとみなした際に情報記憶構造を解析するための新概念として、量子情報カプセルというものを提案した。この見方では、パートナーの組が情報を共有するという従来の見方とは異なり、空間的に拡がった抽象的な1つの部分系が情報を閉じ込めている。これを用いて量子カオス系についての解析を行い、カオス的な系で情報記憶構造が単純化されることを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
ペイジ曲線仮説は広く信じられているが、相互作用が入った物理的な設定では詳細に解析されていなかったという問題があった。本研究では、相互作用をとりいれた具体的模型における量子もつれの典型性を示すことに成功し、ペイジ曲線仮説のひとつの問題点を解決することができた。 ブラックホール情報喪失問題の解決に向けては、ブラックホールの情報がどのように記憶されるかを解析することが必要となる。本研究では、動的鏡模型においてパートナーの解析を行い、ホーキング輻射のなかでも非局所的なモードが、このような情報の記憶において重要な役割を果たすことが明らかになった。またこの研究で導出したパートナー公式は、動的鏡模型のみでなく、より一般の曲がった時空上の量子場へも適用可能である点からも重要な結果である。 我々が提案した新概念である量子情報カプセルは、量子系の量子もつれや情報記憶構造の解析を行うための新しいツールである。これはブラックホール物理学のみならず、幅広い研究分野へと応用できる可能性が高く、大きな意義があるといえる。
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今後の研究の推進方策 |
量子情報カプセルの考え方に基づいて量子もつれ構造の解析を、主に量子場に対して行う。ブラックホール物理学と直接的に関係する話題だけでなく、宇宙論や量子通信などの幅広い分野を視野に入れ、これまでに得られた成果の応用可能性を探る。特に、量子通信における情報のキャリアとして働く量子情報カプセルの枠組みを用いて、量子場内で情報が拡散されていく様子を明らかにする。これにより、量子もつれと情報の流れの間の関係性を探る。 同時に一般相対論における漸近的対称性の電荷の研究も行う。特にリンドラー時空やドジッター時空における地平面上の電荷に着目し、その積分可能性を議論する。時間的余裕があれば、地平面上の電荷の情報記憶構造も探求する。
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